少子化問題をさらに考える

昨日の続き。
少子化のなにが問題かって、年金制度が破綻するとか、労働人口が減って競争力がなくなるとか、市場が縮小するとか…結局はお金の問題でしょ。

世界的に見たら人口爆発が深刻な問題なのに、自分の国の人口は減ったら困るだなんて、身勝手な言い分だなあ。第一、年金制度や日本の競争力を維持するために子供を産もうと思う人、いないよねぇ。

その一方で、過酷な不妊治療を受けたり、代理母出産までして、子供を持とうとする人たちがいるのも、私にはかなり衝撃です。しかも新聞によると、日本のほぼ半数の人が「子供は授かるものではなくつくるもの」と思っていて、体外受精など医療技術の是非についても「自然にまかせるべき」という否定派は2割弱しかいないのだとか。私の意見って、いつも少数派なんだよなあ。

妊娠中絶の数も多く、世界には親を必要とする孤児も多いのに、一方で高度で高価な医療技術を使って子供を持とうとする人もいる。代理母出産で生まれた子供は差別されるという話にも驚いたけど、まずは差別意識なく、もっと養子を受け入れやすい制度や環境ができればいいなあと個人的に願っています。今、この世にある命から大切にしていった方がいいと思うので。

不謹慎だけど、まだ食べられる食料を残飯として捨てながら、世界中のおいしい食べ物を買って食べている今の私たちの生活に通じるものがあるような気がして。

体外受精といっても、顕微受精までいくと、なんだか人間の養殖をしているみたいで、神様じゃなくお医者さんに選ばれてるみたいで、私はどうもしっくりこない。もし自分がそんな風に生まれていたら、どう思うんだろうか。

もちろん、不妊に悩む方々が切実に子供を望む気持ちも理解できます。でも、人間って、どこまでこの人生を自分の思い通りにすることができるんでしょうか。妊娠したけど、子供はいらないから中絶する。これが当たり前の世の中だから、子供がほしいけど、できないから、つくることも当然なんでしょう。そうやって子供をもうけて、幸福になる方々もたくさんいるんだから、きっといいことなのでしょう。

不妊に限らず、人間はどこまで医療技術に頼るべきなんでしょうか。人間を幸福にするために開発された高度な医療技術のために、却って苦しむ場合もあるけれど、いずれにせよ明確な線引きはできませんね。

とはいえ、整形手術はどうなんでしょう? 高度な医療技術を使って、自分の顔を変えてもらって、幸福になれる人たちが世の中にはいるんですよねぇ。今の自分をありのまま受け入れず、外見を変えただけで、本当に幸せになれるんでしょうか。現在は過去の積み重ねと考えれば、自分の顔を変えるって、自分の過去を否定することになるんじゃないのか、などと他人事ながら心配しちゃいます。

いつも思うのだけど、幸福って自分の置かれた状況じゃなく、自分の心が決めることなのに。みんな、状況に重きを置きすぎていないかい?
うう、考えすぎて、頭が痛くなりそうだ。雪もしんしんと降り続けています。
しんしん

つらら、つらつら・・・(おばちゃん、余計なお世話だよ)

今朝は雪かき中の裏のおばちゃんにつかまり、10分ほど立ち話。一人暮らしのおばちゃんは、宗教の勧誘の人まで話相手にしちゃうほど、お喋り好きです。

山が荒れているという話をひとしきり聞かされ、その後、「ひとりっ子はよくないぞ」という話やその他もろもろ。
そしてやっと犬の散歩に出かけ、昨日より長くなったつららを見ながら、つらつらと考え事…。

ここは田舎のせいか、うちみたいなひとりっ子は少数派。兄弟が多いお家はにぎやかで楽しそうだけど、私自身もひとりっ子なので、ひとりはひとりでそれなりに楽しいことも知っている。

それより、不思議に思うのは、おばちゃんみたいな発言をする人が多いこと。(昔から。)人は誰しもひとつの立場しか経験できないのに。ひとりっ子ひとりっ子の立場しか知らないけど、たとえ兄弟がいても、長男は長男の、末っ子は末っ子の立場しかわからない。その立場がどう影響するかは、人それぞれ。自分の置かれた状況を、楽しんで、活かせることができさえすればいいんだから、どういう状況にあるかは私にはあまり重要ではないんだけどなあ。どっちにしたって、自分でどうこうできることじゃないんだし。

もっとわからないのは、少子化少子化って政府やメディアが騒いでいること。少子化のなにが悪いんだ?
つらら

きらきら光る雪の朝

年末からうちに滞在していたオランダの友人が、今朝のバスに乗って、次の目的地へ向かいました。昨晩の帰り道も、雪がきらきら輝いていましたが、今朝も快晴の空の下、雪はまぶしく光っています。

文化や言葉が違う彼女に、どれだけのもてなしができたか不安ですが、きらきら光る白銀の世界を走り去るバスを、息子と一緒に見送りました。

他者との共存に一番必要なのは、やはり寛容の精神でしょうか。
見送り

鑑真和上とヨン様

数年ぶりに奈良を訪ねました。80歳を過ぎた伯母の見舞いが目的です。思いのほか元気な姿に安心しましたが、そうとう愚痴がたまっていたらしく、私の夫を連れ出し、ひとしきり喋っていました。私に言っても笑われるだけだからと。(たしかに。)

さすがに夫がかわいそうになり、そろそろいいだろうと助け舟を出しに飲み物をもっていき、冬ソナの話題を出したら、伯母の表情がぱっと明るくなりました。そして、またひとしきり喋る、喋る。冬ソナ20回は見たそうです。巷には50回も見た人がいると聞いて驚いていたけど、私の身近にも似た人がいたなんて。(しかも血縁者!)伯母はベッドに横になり、顔の下にハンカチを敷いて見るのだそうです。涙をいちいち拭わなくてもすむように。しかし、伯母と話を合わせるために冬ソナを見たというお嫁さんが、気の毒でした。

せっかく奈良まで来たので、近くの唐招提寺も訪ねました。私は何度も来ていますが、夫とオランダの友人は初めて。以前、ここで初めて鑑真和上像と対面したとき、思わず「よくいらっしゃいました」と、感動がこみあげたことを覚えています。そのお姿を見るだけで、涙が浮かぶなんて、鑑真和上ヨン様くらいかも。

しかし夫にとっては、とんだ一日だったことでしょう。せっかくの休日、しかも自分の誕生日なのに仏像を見て、おばあちゃんの愚痴を聞いて…これじゃ、普段の寺生活と変わらない!しかも長い道のりを運転させて…お疲れ様でした。ありがとう!
寺

木になる猿!?

今朝もまた雪が積もりました。少し雪かきをして、こたつの中でいい子にしていたら、目の前の窓の外にが! いつもの一家(?)が裏のお宅の庭の木に登って、まるでが木になっているかのよう。

よっぽど食べるものがないんだなあ。お正月ということで、たくさんの食料を買い込んでいた私は、少し分けてあげたい気分。木になる猿が気になる私!

猿だけでなく、最近は自分の悩みがないせいか、他人の悩みや問題が気になって、心配してしまう私です。

どっちにしても、こうやって見ているしかないんだけど…。

木の猿

母親業がいちばん大変

ようやく保育園が始まったのに、息子は朝からちょっとしたことでぐずりだし、結局なだめるのに一時間近くを費やしました。子供なりにいろいろ思いはあるだろうけど、こちらも忍耐力が足りず、子供と同じくらい暴れてしまった。

「母親業はそうでもないけど、仕事は大変」と言うキャリアウーマンがいたけど、私にとっては母親業がいちばん大変。まだまだ修行が足りません。

明日からは三連休。ああ、いつもの生活に戻るのは、いつのことやら。

*裏のおばちゃんが、山からセリを採ってきてくれました。
せり

冬ソナの効用:雪が降っても楽しめる!

やっと冬ソナ、見終わりました。夫の職場の先輩は奥さんのためにDVDを入手したものの、自分は見ていないのだとか。「冬ソナって、そんなにいいの?」と訊かれた夫は、なんと答えたか。雪が降っても、私が怒らなくなった…ですと。たしかに。

このお正月も60センチほどの積雪となりましたが、私は雪を見るだけで冬ソナの世界に浸って、うっとりしておりました。

去年、初めての冬をここで迎えたときは、最初こそ喜んでいたものの、雪が降るたびに「寒い!」、「雪かきで肩がこる」、「出かけられない!」、「車のバッテリーがあがった」などと文句たらたらでした。

温暖な地方で育った私は、「なんでこんな寒いの!」とマジで怒っていたのですが、雪国の人はなんと我慢強いことか。見習わなくては。

それにしても、私にとっての冬ソナの効用は、夫とのなにげない会話も冬ソナごっこで盛り上がること。「チュンサン」と呼べば、「ユジン」と答えてくれる。20話もあるから、ネタもたくさん。

さしつかえなければ、みなさんもパートナーや恋人と一緒にごらんになることをお勧めします。
mori

今年初めてのゴミ収集日

昨晩からまた雪が降っています。今朝は今年初めてのごみ出しの日。雪かきを終えた夫がごみを抱えて出勤しました。(そのため、ヨン様ごっこはなし。)

毎朝、ニュースを見るたび、スマトラ地震の被害が大きくなっています。映像を見ては、言葉を失うばかり。

自然の威力の前では、人間なんて無力なもの。地球にとって、人間は迷惑な存在でしかないもんなあ、などとゴミをつめながら、考えてしまいます。

人間は自分たちが作り出したもので、苦しんでいる。不思議な動物ですね。自分たちが作った道路や家が壊れたことで困ってしまう。<形あるものはいつか壊れる…ということもわかっているはずなのに。ところが、最近は壊れないもの、あるいは壊すに壊せないものを作って、もっと困るハメに陥ったりして。地雷や核兵器や環境汚染物質や…。雪の日も顔を出すサルを見て、彼らのように暮らせたらいいのにな…などと思ってしまいます。 わがまま言って駄々をこねる子供に、「自分の都合だけ言ってはダメ。世界が自分の思い通りに動くと思ったら、大間違いよ」と諭しながら、これって私を含め、全人類にいえることだわ、とはっとしてしまいました。ほんとに自分勝手な私たち…。

きょうの初ゴミはどれだけ多いことでしょうか。

ごみだし

子供時代の感情のコントロール

うちに遊びに来てくれたお客さんが帰るとき、うちの子は悲しさのあまり、暴れだすことがあります。きょうも悲しさに眠さと空腹が加わって、収拾がつかなくなりました。本人にもコントロールできない状態です。悲しくて、足をバタバタさせながら、「行かないで~」と泣き叫ぶ姿を見たら、6~7歳頃の自分を思い出しました。

その頃、我が家は父の勤務する会社に住み込んでいたのですが、会社のおばちゃんたちが仕事を終えて帰って行く後姿を、私が泣きながら追いかけていくので、いつも母が後ろから引き止めていたのです。明日も会えるとわかっているのに、この世の終わりかと思うほど悲しかったことを覚えています。

いったん悲しみがおさまると、ケロリとして、いつもの明るい表情に戻っているのが子供のいいところ。もてあますほどの感情があるのはいいことだけど、そのコントロール方法を身につけてもらわないとなあ。

いや、子供よりもまずは自分が身につけるべきか。子供は親の鏡だと、つくづく思います。

寝姿

お正月に広がる友達の輪

食べ物をどっさり抱えて、友達が泊まりに来てくれました。当分、料理しなくてもよさそうなくらい。食べて、飲んで、喋って、冬ソナ見て、また喋って…。こんな夜更かしは久しぶり。

偶然にも、彼女とオランダの友人は人生の二度の転機を同じ年齢で迎えていました。そして今年はふたりとも、大きな一歩を踏み出す予定。ふたりの決断に、心からのエールを送ります! こうやって、それまで知らない同士だった友人たちが仲良くなっていくのも嬉しいこと。
前の晩のカラオケと、夜通し喋ったせいで、私の声はガラガラとなりました。
おせち