旧友との再会

DSC02588 きょうも故郷は快晴。桜も咲いて、春らしい気持ちのよい一日。午前中に父の顔を見てから、午後は広島市内へ。(震災の影響で、電車が間引き運転!) 同じく広島に帰省中の同級生と本屋で待ち合わせた。息子はこの本屋が大好きで、ここなら何時間でも過ごせるらしい。私たちは、本屋内のカフェでお喋りして、途中から息子もやってきて、漫画の話でひとしきり笑った。

夕方近くに友人を見送り、今度は別の同級生と別のカフェでお喋り。お互いに子連れなので、子供たちもゲームやお喋り。早めの夕食をして、帰途についた。ほんとは話は尽きなかったのだけど。

年のせいか、広島に帰ると心が安らぐ。こうやって友人たちと話ができるのが、何よりの楽しみ~。元気がわいた。

*モスのデザート
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シンガポール人の上司の口癖、ハッピーかい?

東電会長の記者会見を見ても、総理等の対応を見ても、トップがこんなことでいいんだろうかと怒りを通り超して、涙が出てくる。

今朝の「す・またん」で辛坊さんが言っていた。批判するのは簡単だけど、批判しても起こったことは変わらない。とにかく事態を何とかしてもらいたいから、今まで批判は控えてきた。だけど、ここまでの対応を見ていると、この人たちは批判を受けないとなかなか動かない。だからもう批判しなくちゃダメだ…というようなことを。

先日、かつての職場の香港人の上司の話をしたけれど、さらにその上に、私が尊敬するもうひとりの上司がいた。トレーディングルームを拡張するに当たって、シンガポールから突然呼び寄せられた華人のボスだ。本来なら支店長と同等のポジションの人なのだが、急遽、任務を与えられてやって来たため、オフィスも秘書もない状態。取り急ぎ、ガラス張りのトレーディングルームの隣にスペースを作り、最初は支店長秘書が面倒をみていたが、その後、トレーディングルームで最年少で唯一の女性だった私が上司のお茶くみなどの雑用を受け持った。といっても、トレーディングルーム内の仕事が優先なので、タイミングを見計らって、ガラス越しに上司とジェスチャーでやりとりして、お茶を入れていた。

この上司は、広東語を喋るシンガポール人だったので、香港人の上司とは広東語で楽しそうに喋っていた。そして、いつも気さくにトレーディングルームのスタッフ全員に声をかけてくれた。ひとりひとりの席に来て、「元気かい? 困っていることはないかい? ハッピーかい?」と尋ねるのだ。ひとり暮らしの私には、「田舎のお父さん、お母さんも元気?」とまで訊いてくれる。彼に言わせれば、「ハッピーでなければ、仕事に集中できない。私生活がハッピーじゃないと、仕事もハッピーにできない。部下にはハッピーに仕事をしてほしい」ということだった。

ある日、スタッフ全員を集めての会社のパーティが開かれた。ただし、夕方の時間、トレーディングルームを空にするわけにはいかず、私を含め下っ端の若手数人が留守番をしていた。するとパーティの途中で、シンガポール人の上司がトレーディングルームの様子を見に来た。もしかしたら、私たちが信頼されていなくて心配だったのかも知れないが、上司は若い私たちにねぎらいの言葉をかけてくれた。「みんながパーティで楽しい時間を過ごしているときに、ここに残って仕事をしてくれて、ありがとう。来年のパーティは、参加できるから、今年は我慢してくれ。僕が若い頃は、そもそもパーティなんて最初から参加できなかったんだよ。」

それから、私はその上司に、女性で唯一、トレーディングルームに配属してもらったことについてお礼を言ったことがある。すると、「配属を決めたのは僕だけど、感謝する相手は、君の回りの同僚たちだ。僕が新しいメンバーを外で募集しようか、それとも社内で誰かいい人がいるか尋ねたら、みんなが君がいいと推薦してくれた。君は一生懸命やっていると」と答えてくれた。

いよいよ上司の離日が決まり、東京での最後の出勤日。これも最後と思いつつ、午後のコーヒーを持って行ったら、上司がお礼を言ってくれた。「本当は君の仕事ではないのに、ずっと長いこと、僕のために毎日コーヒーを入れてくれて、ありがとう。明日からは、この任務から解放されるよ」と。

彼のためなら、本来の任務でないことも、喜んでお手伝いしたい。そう思える人だった。旧宗主国の人たちが幹部職を占めるシンガポールの職場で、現地人としてトップのポジションについていたというだけあって、人の心をしっかり掴む、叩き上げの、器の大きな人だった。

そういえば、細身でひょろりと背の高い彼が、皮肉まじりに言っていたことがある。「背が高いのは、いいものだよ。上司を見下ろして喋ることができるから。」きっと、いろんな苦労があったのだろう。
香港人の上司とともに、今も私が感謝している恩人だ。

ちなみに、東電の副社長もやけに長身だったよね…。

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性根がない!

DSC02527息子はきょうの夕方、元気に帰って来た。帰りに寄ったサファリパークがとても楽しかったらしく、お小遣いをすべて使って、自分にはレッサーパンダのぬいぐるみ、夫にはレッサーパンダの指人形を買ってきた。で、私のお土産は、バウムクーヘン。「なんで、私だけ食べ物なんだよ!!!???」と怒る私を見て、夫と息子は面白がる。

そういえば先日、息子がこんなことを言った。「クラスの○○君のお母さんは、とっても優しそうなのに、怒るとすごく怖いって○○君が言うんだけど、とても信じられない。」「あのね、どこのお母さんも怒るときは怖いものよ。お母さんだって、お前を叱るとき、怖いでしょ?」と私が言うと、息子は下を向いて、笑いをこらえながら、白状した。「あのね、本当のことを言うと、お母さんが怒ってるときって、半分以上はなんかおかしくて、笑いをこらえているんだよ。」

「なにぃ!? こっちは真剣に怒ってるのに、人のエネルギー、無駄遣いさせんな!!!」と言うと、また息子は笑っている。そう言われれば、確かにそう。息子は私がどんなに叱っても、ちっとも堪えていないようなのだ。

夫に至っては、私が怒るたびに、まるで珍獣を観察しているかのように面白がる。「なるほど~、こんなポイントでも怒りのスイッチが入るんだなぁ」と。

私も実は人のことは言えない。子供の頃は、息子と同じく、親に叱られても、殆ど堪えてなかった。近所で有名なこわ~いピアノの先生に叱られても、まったく堪えなかった。それで叱りがいがないと言われ、それ以降、先生に叱られることもなくなった。息子も、そしてたぶん夫も、私と同じタイプなのだ。

とはいえ、私が言いたいことだけは、息子に伝わっているといいのだけど。思えば、私が母によく叱られたのは、「性根がない!」というときだった。行動や生き方に性根が入っていないと活を入れられたものだ。

ああ、でもいま一番、性根がないのは、国政をひっぱる政治家たちかも。もっと死に物狂いで頑張ってくれ~。

*息子を駅まで迎えに行き、近所の定食屋へ!
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ドラマのような人生

久しぶりに大原に行って来ました。仕事の打ち合わせです。近くに山が見えると、心が落ち着きます。

普段の打ち合わせは電話ですむのですが、今回はかなり大量の原稿だったので、顔を合わせて話すことになりました。なので、ついつい雑談もはずみ、地震のこと、人生のこと、いろいろ話が広がりました。

彼女はドラマのような人生を歩んでいるのですが、彼女の周りの人たちも、かなりドラマチックな人生だったよう。けれど、ドラマチックだから幸せかというと、そうでもなくて、話のネタにすらなり得ないような平凡な人生こそが、実はいちばん得がたいものだと私は思っています。

小さい頃からの私の夢は、「平凡な結婚をして、平凡な家庭を築き、自分の母親のようなお母さんになる」ことでした。今それが実現して、私はとても幸せです。

だから、きょうもテレビでご主人が帰って来ないという若いお母さんを見て、泣いてしまいました。どうしたらいいのか、これをどう受け止めたらいいのか、世の中、わからないことが多すぎます。地球の時間と、人間の時間とを一緒に考えるから、いけないんでしょうか。

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天使のご縁

きょうやっと郵便局と銀行巡りをして、義援金も送ってきた。なんの被害のないここにいても、私はしばらく言葉を発する気力を失っていた。仕事も手につかないし、被災地の状況を見ては涙した。でも、平穏無事な場所にいながら、こんなんじゃダメだわ…と、ようやく力がわいてきた。

これからしばらく被災地のために、自分に”tithing”を課すことにしたので、がんばって仕事して、稼ぐのだ! 地震のことで仕事に集中できなかったけど、締め切りは延びるわけもなく、明日までにひとつ仕事を仕上げねば!

ところで昨日、天使のご縁で、すてきなプレゼントをいただいた。私の次にangel visitを引き受けてくれた2人の方から、偶然にも次々と宅急便が届いたのだ。

私も周りの人に幸せを届けられるよう、がんばります!

*おデブな私の腹回りを隠してくれる(隠れてない?)絣のエプロン!
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*手作りの本。
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家族の決断

夫は今週末は、土日月とずっと仕事である。私は今朝、息子を合唱の練習に送っていき、そのまま山のママ友たちと合流。山の反対側の別荘地に春から引っ越すママ友の新居に、みんなでお邪魔した。モデルハウス見学に来たみたいに、みんなでワイワイ。たくさんある窓からは、陽射しが差し込み、遠く湖が見渡せる。山の谷間の集落では考えられない明るさだ。

私が一番最初に山を飛び出したのだが、次々と二軒があとに続き、山も少し寂しくなりそう。とはいえ、飛び出した三軒とも、山の家はそのままなので、今後も行き来は続くのだ。いざというときは、どちらかが避難所になるかも。

さて、ドイツ人の友人はいろいろ悩んだ挙句、きょうの午後、関東に戻った。今後どうするか、週末の間にご主人とじっくり話して決めるという。もし避難が長期化するなら、それなりの準備も必要だからと。ただし、避難先を国内にするか、母国にするか、悩みどころらしい。アドバイスを求められたが、こればかりはそれぞれの夫婦、家族の決断だから、「ご主人とよく話し合って決めて」としか言えなかった。

こんな状況、誰が想像していただろう。

*空気がきれい!
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*いつもご機嫌な赤ちゃんだった!
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山の過疎地の井戸端会議

DSC02474 今朝起きると、雪が積もっていた。被災地の方々は、大丈夫だろうか?

きょうは山の美容室に自力で行くつもりだったのだが、昨晩は山の雪がすごかったからと、またも美容師のお友達が迎えに来てくださった。(我が家の車は既にノーマルタイヤに替えていたので。)

ときどき英語のことでお世話になる山の集落のアメリカ人の友人に、山の美容室に行くことを伝えていたので、きょうは久々に女3人でしばし井戸端会議を楽しんだ。彼女の娘さんも、東京からこちらに戻ってきているらしい。

被災者の方々も、この山の空家に避難して来ないかしら。東北の方なら、これくらいの雪も平気だろうし。仕事がネックだけど、山仕事ならいくらでもあるはず。これから木材の需要も出てくるんじゃない? 杉を伐採して、広葉樹など他の木を植えようよ…などと、お喋りは盛り上がった。

本当に、移り住んで来る人がいたら、大歓迎!!!なんだけどな~。

*山に入ると、こんな感じ。
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*屋根にはけっこう積もってた。
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一時避難

本当は、四月からフルタイム勤務になる山の友達と、きょうは街に遊びに行こうと前々から約束していたのだが、急遽キャンセルしてお昼前にドイツ人の友人を迎えに行った。

実は去年の8月下旬に、妊娠中の彼女が友人と京都に来るので会おうと話していたのだが、広島の母の具合が悪化したため会えずにいたのだ。そのときお腹にいた息子さんが、いま5ヶ月になったところ。

もう赤ちゃんの世話なんて忘れてしまったけど、久々にこんな若い生命に触れて、しばし心癒されてしまった。母親である友人も、ドイツの家族のプレッシャーから開放されて、ストレス解消して、少しでも落ち着けたら…と思う。

みんな不安なのだ。

夕方は、急遽、整体師さんが来てくださり、私はこりをほぐしてもらった。疲れは溜めちゃいけないのだ。

*すやすや眠る。
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原発報道

地震以来、海外の友人から次々とメールが入る。特に原発報道に関しては、国内と海外の温度差がかなりあるようだ。カリフォルニアの友人が、「こちらではすでにヨウ素をみんな買っている」とか、「いつでもこちらに避難していらっしゃい」とか、「日本政府の発表は信じない方がいい」とか心配して、メールをくれる。

一応、私も海外メディアの報道と日本の報道をできる範囲でチェックしているのだが、原子力の専門家でもないので、どの報道が信憑性があるのか、判断できないでいる。ただ、国内の発表や報道に疑心暗鬼になっていることは事実。

先日の大学の同級生の連絡を受けて、ドイツ人の友人にメールをしたのだが、今朝、彼女から電話が入った。明日から5ヶ月の赤ちゃんを連れて、うちに避難してもいいかというのだ。ドイツの家族から帰国しろとの電話攻勢にあい、仕事のあるご主人を関東に残して、とりあえず数日間、関西に来ることになった。海外の方が、かなり過敏になっているようだ。

まさか、こんな理由で彼女と久々の再会を果たせるとは! 喜んでいいのか、複雑な気持ちだ。

*きょうは友人とランチに。こちらはいたって普通なのだ。申し訳ないくらいに。
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臨時総会

きょうは住民運動のひとつの区切りとなる自治会の総会があった。夫は朝から仕事、子供はテストに出かけ、私がひとりで出席した。きょうは通常の総会のあと、すでに回収された住民による投票の結果が発表されることになっていた。

やることはやったし、もうこれで大丈夫だろうし、きょうは一切発言はしないと決めていたのだが、結果発表の直前にそもそもの投票自体に異議を唱える人が出て来た。賛成反対の意見のやりとりもなく、詳しい状況や情報の説明もないまま、いきなり投票で決めるのは乱暴ではないかという意見だ。確かに一理あるように聞こえるのだが、さらに「反対派の気持ちはわかるけれど、反対派の意見に自治会が乗る必要はなく、反対派は反対派有志として活動すればいいのではないか」という意見が出てきて、黙っていられなくなった。これまでバッシングされながらも、がんばってきた有志の方の努力をなんにもわかっていない発言だったから。

本来ならば、住民の不安の声を聞いて、最初に自治会が情報収集&提供に動くべきだったのに、一切そのような動きがなく、そのようなことをお願いしても門前払いされ続け、それで有志の方が立ち上がったのだ。いずれ自治会としてみんなで協力して動けたら…と思いながら、情報収集と情報提供に努め、署名活動や勉強会を開いた。

異議を唱えた方々は、自治会の会合にも有志の勉強会にも参加していないし、自治会や有志が配付した資料や書類にもきちんと目を通していなかった。この問題について、自分で知ろうという努力もせず、これまでの経緯も知らず、(悪気がないのはわかるけど)もっともらしいことを言って非難されては、中心となってがんばってきた有志の方はたまらないだろうと思い、どうしても黙っていられなかったのだ。

みんな、仕事で忙しいのは一緒だし、小さな子供さんのいる方だっているし、それでも有志の方々は、子供たちのためにも、この地域を守っていこうという一心で、時間を割いてがんばってきたのだ。

結果的に異議は却下され、投票結果は大多数が反対ということで、最初の目標はとりあえず達成された。帰り道に、近所の方から「あなたが最後に発言してくれて、よかったわ。今までのこと、何も知らないで発言する人がいるんだから!」と声をかけられた。いまの自治会のあり方に疑問を持つ人は、たくさんいたのだ。

きょうの総会では、東北の震災を受けて、自治会として寄付をしよう、備蓄をしようといった話も出た。個人情報保護を盾に、柔軟に動いてくれなかった役員さんたちに対し、災害の場合は近所同士で助け合わないといけないし、自治会内の個人情報に神経質になるのはどうかという意見も多々あった。

今回の住民運動、そして東北の震災をきっかけに、ここの自治会も変わり始めるだろうか。

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