性根がない!

DSC02527息子はきょうの夕方、元気に帰って来た。帰りに寄ったサファリパークがとても楽しかったらしく、お小遣いをすべて使って、自分にはレッサーパンダのぬいぐるみ、夫にはレッサーパンダの指人形を買ってきた。で、私のお土産は、バウムクーヘン。「なんで、私だけ食べ物なんだよ!!!???」と怒る私を見て、夫と息子は面白がる。

そういえば先日、息子がこんなことを言った。「クラスの○○君のお母さんは、とっても優しそうなのに、怒るとすごく怖いって○○君が言うんだけど、とても信じられない。」「あのね、どこのお母さんも怒るときは怖いものよ。お母さんだって、お前を叱るとき、怖いでしょ?」と私が言うと、息子は下を向いて、笑いをこらえながら、白状した。「あのね、本当のことを言うと、お母さんが怒ってるときって、半分以上はなんかおかしくて、笑いをこらえているんだよ。」

「なにぃ!? こっちは真剣に怒ってるのに、人のエネルギー、無駄遣いさせんな!!!」と言うと、また息子は笑っている。そう言われれば、確かにそう。息子は私がどんなに叱っても、ちっとも堪えていないようなのだ。

夫に至っては、私が怒るたびに、まるで珍獣を観察しているかのように面白がる。「なるほど~、こんなポイントでも怒りのスイッチが入るんだなぁ」と。

私も実は人のことは言えない。子供の頃は、息子と同じく、親に叱られても、殆ど堪えてなかった。近所で有名なこわ~いピアノの先生に叱られても、まったく堪えなかった。それで叱りがいがないと言われ、それ以降、先生に叱られることもなくなった。息子も、そしてたぶん夫も、私と同じタイプなのだ。

とはいえ、私が言いたいことだけは、息子に伝わっているといいのだけど。思えば、私が母によく叱られたのは、「性根がない!」というときだった。行動や生き方に性根が入っていないと活を入れられたものだ。

ああ、でもいま一番、性根がないのは、国政をひっぱる政治家たちかも。もっと死に物狂いで頑張ってくれ~。

*息子を駅まで迎えに行き、近所の定食屋へ!
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ドラマのような人生

久しぶりに大原に行って来ました。仕事の打ち合わせです。近くに山が見えると、心が落ち着きます。

普段の打ち合わせは電話ですむのですが、今回はかなり大量の原稿だったので、顔を合わせて話すことになりました。なので、ついつい雑談もはずみ、地震のこと、人生のこと、いろいろ話が広がりました。

彼女はドラマのような人生を歩んでいるのですが、彼女の周りの人たちも、かなりドラマチックな人生だったよう。けれど、ドラマチックだから幸せかというと、そうでもなくて、話のネタにすらなり得ないような平凡な人生こそが、実はいちばん得がたいものだと私は思っています。

小さい頃からの私の夢は、「平凡な結婚をして、平凡な家庭を築き、自分の母親のようなお母さんになる」ことでした。今それが実現して、私はとても幸せです。

だから、きょうもテレビでご主人が帰って来ないという若いお母さんを見て、泣いてしまいました。どうしたらいいのか、これをどう受け止めたらいいのか、世の中、わからないことが多すぎます。地球の時間と、人間の時間とを一緒に考えるから、いけないんでしょうか。

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天使のご縁

きょうやっと郵便局と銀行巡りをして、義援金も送ってきた。なんの被害のないここにいても、私はしばらく言葉を発する気力を失っていた。仕事も手につかないし、被災地の状況を見ては涙した。でも、平穏無事な場所にいながら、こんなんじゃダメだわ…と、ようやく力がわいてきた。

これからしばらく被災地のために、自分に”tithing”を課すことにしたので、がんばって仕事して、稼ぐのだ! 地震のことで仕事に集中できなかったけど、締め切りは延びるわけもなく、明日までにひとつ仕事を仕上げねば!

ところで昨日、天使のご縁で、すてきなプレゼントをいただいた。私の次にangel visitを引き受けてくれた2人の方から、偶然にも次々と宅急便が届いたのだ。

私も周りの人に幸せを届けられるよう、がんばります!

*おデブな私の腹回りを隠してくれる(隠れてない?)絣のエプロン!
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*手作りの本。
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家族の決断

夫は今週末は、土日月とずっと仕事である。私は今朝、息子を合唱の練習に送っていき、そのまま山のママ友たちと合流。山の反対側の別荘地に春から引っ越すママ友の新居に、みんなでお邪魔した。モデルハウス見学に来たみたいに、みんなでワイワイ。たくさんある窓からは、陽射しが差し込み、遠く湖が見渡せる。山の谷間の集落では考えられない明るさだ。

私が一番最初に山を飛び出したのだが、次々と二軒があとに続き、山も少し寂しくなりそう。とはいえ、飛び出した三軒とも、山の家はそのままなので、今後も行き来は続くのだ。いざというときは、どちらかが避難所になるかも。

さて、ドイツ人の友人はいろいろ悩んだ挙句、きょうの午後、関東に戻った。今後どうするか、週末の間にご主人とじっくり話して決めるという。もし避難が長期化するなら、それなりの準備も必要だからと。ただし、避難先を国内にするか、母国にするか、悩みどころらしい。アドバイスを求められたが、こればかりはそれぞれの夫婦、家族の決断だから、「ご主人とよく話し合って決めて」としか言えなかった。

こんな状況、誰が想像していただろう。

*空気がきれい!
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*いつもご機嫌な赤ちゃんだった!
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山の過疎地の井戸端会議

DSC02474 今朝起きると、雪が積もっていた。被災地の方々は、大丈夫だろうか?

きょうは山の美容室に自力で行くつもりだったのだが、昨晩は山の雪がすごかったからと、またも美容師のお友達が迎えに来てくださった。(我が家の車は既にノーマルタイヤに替えていたので。)

ときどき英語のことでお世話になる山の集落のアメリカ人の友人に、山の美容室に行くことを伝えていたので、きょうは久々に女3人でしばし井戸端会議を楽しんだ。彼女の娘さんも、東京からこちらに戻ってきているらしい。

被災者の方々も、この山の空家に避難して来ないかしら。東北の方なら、これくらいの雪も平気だろうし。仕事がネックだけど、山仕事ならいくらでもあるはず。これから木材の需要も出てくるんじゃない? 杉を伐採して、広葉樹など他の木を植えようよ…などと、お喋りは盛り上がった。

本当に、移り住んで来る人がいたら、大歓迎!!!なんだけどな~。

*山に入ると、こんな感じ。
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*屋根にはけっこう積もってた。
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一時避難

本当は、四月からフルタイム勤務になる山の友達と、きょうは街に遊びに行こうと前々から約束していたのだが、急遽キャンセルしてお昼前にドイツ人の友人を迎えに行った。

実は去年の8月下旬に、妊娠中の彼女が友人と京都に来るので会おうと話していたのだが、広島の母の具合が悪化したため会えずにいたのだ。そのときお腹にいた息子さんが、いま5ヶ月になったところ。

もう赤ちゃんの世話なんて忘れてしまったけど、久々にこんな若い生命に触れて、しばし心癒されてしまった。母親である友人も、ドイツの家族のプレッシャーから開放されて、ストレス解消して、少しでも落ち着けたら…と思う。

みんな不安なのだ。

夕方は、急遽、整体師さんが来てくださり、私はこりをほぐしてもらった。疲れは溜めちゃいけないのだ。

*すやすや眠る。
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原発報道

地震以来、海外の友人から次々とメールが入る。特に原発報道に関しては、国内と海外の温度差がかなりあるようだ。カリフォルニアの友人が、「こちらではすでにヨウ素をみんな買っている」とか、「いつでもこちらに避難していらっしゃい」とか、「日本政府の発表は信じない方がいい」とか心配して、メールをくれる。

一応、私も海外メディアの報道と日本の報道をできる範囲でチェックしているのだが、原子力の専門家でもないので、どの報道が信憑性があるのか、判断できないでいる。ただ、国内の発表や報道に疑心暗鬼になっていることは事実。

先日の大学の同級生の連絡を受けて、ドイツ人の友人にメールをしたのだが、今朝、彼女から電話が入った。明日から5ヶ月の赤ちゃんを連れて、うちに避難してもいいかというのだ。ドイツの家族から帰国しろとの電話攻勢にあい、仕事のあるご主人を関東に残して、とりあえず数日間、関西に来ることになった。海外の方が、かなり過敏になっているようだ。

まさか、こんな理由で彼女と久々の再会を果たせるとは! 喜んでいいのか、複雑な気持ちだ。

*きょうは友人とランチに。こちらはいたって普通なのだ。申し訳ないくらいに。
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臨時総会

きょうは住民運動のひとつの区切りとなる自治会の総会があった。夫は朝から仕事、子供はテストに出かけ、私がひとりで出席した。きょうは通常の総会のあと、すでに回収された住民による投票の結果が発表されることになっていた。

やることはやったし、もうこれで大丈夫だろうし、きょうは一切発言はしないと決めていたのだが、結果発表の直前にそもそもの投票自体に異議を唱える人が出て来た。賛成反対の意見のやりとりもなく、詳しい状況や情報の説明もないまま、いきなり投票で決めるのは乱暴ではないかという意見だ。確かに一理あるように聞こえるのだが、さらに「反対派の気持ちはわかるけれど、反対派の意見に自治会が乗る必要はなく、反対派は反対派有志として活動すればいいのではないか」という意見が出てきて、黙っていられなくなった。これまでバッシングされながらも、がんばってきた有志の方の努力をなんにもわかっていない発言だったから。

本来ならば、住民の不安の声を聞いて、最初に自治会が情報収集&提供に動くべきだったのに、一切そのような動きがなく、そのようなことをお願いしても門前払いされ続け、それで有志の方が立ち上がったのだ。いずれ自治会としてみんなで協力して動けたら…と思いながら、情報収集と情報提供に努め、署名活動や勉強会を開いた。

異議を唱えた方々は、自治会の会合にも有志の勉強会にも参加していないし、自治会や有志が配付した資料や書類にもきちんと目を通していなかった。この問題について、自分で知ろうという努力もせず、これまでの経緯も知らず、(悪気がないのはわかるけど)もっともらしいことを言って非難されては、中心となってがんばってきた有志の方はたまらないだろうと思い、どうしても黙っていられなかったのだ。

みんな、仕事で忙しいのは一緒だし、小さな子供さんのいる方だっているし、それでも有志の方々は、子供たちのためにも、この地域を守っていこうという一心で、時間を割いてがんばってきたのだ。

結果的に異議は却下され、投票結果は大多数が反対ということで、最初の目標はとりあえず達成された。帰り道に、近所の方から「あなたが最後に発言してくれて、よかったわ。今までのこと、何も知らないで発言する人がいるんだから!」と声をかけられた。いまの自治会のあり方に疑問を持つ人は、たくさんいたのだ。

きょうの総会では、東北の震災を受けて、自治会として寄付をしよう、備蓄をしようといった話も出た。個人情報保護を盾に、柔軟に動いてくれなかった役員さんたちに対し、災害の場合は近所同士で助け合わないといけないし、自治会内の個人情報に神経質になるのはどうかという意見も多々あった。

今回の住民運動、そして東北の震災をきっかけに、ここの自治会も変わり始めるだろうか。

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キューピッド物語

天使のお陰か何なのか、このところ何年も音信不通だった人から次々とメールが入る。これは、何なのだろう?

きょうは、もう何年も年賀状以外のやりとりはしていなかった大学時代のクラスメートからメールがきた。何年も前に私が紹介したドイツ人が、テレビに出ていたらしい。とっくに帰国したと思っていたドイツ人が、赤ちゃんを抱いて街頭インタビューに答えているのを見て、「彼女は結婚して日本にいるのですか?」とメールしてくれたのだ。

このクラスメートは、かつて某日本企業の社員としてドイツに暮らしていた。特に親しいわけではなかったが、私がパリに留学したのを風の便りに聞き、一度、ドイツからパリに遊びに来てくれた。その後、ふたりとも東京に戻っていたのだが、互いの連絡先は知らぬままだった。

ある日曜日、用事があって東京駅から中央線に乗ろうとしたとき、同じホームに彼女の姿をみつけた。外国人グループを年配の日本人男性とふたりで引率しているようで、明らかに仕事中である。声をかけるのもはばかられ(遠かったし)、一生懸命手を振ったけど、気づいてもらえず、私も時間が迫っていたので、そのまま電車に乗ってしまった。

声をかけておくべきだったなぁと思いつつ、その週の水曜だったか祭日の日に友達と待ち合わせした表参道に向かった。そして地下鉄からホームに下りたと思ったら、目の前に彼女が立っていた。私は思わず、「日曜に東京駅で見かけたのよ~、電車の時間が迫ってて、声かけられなかったけど」と言うと、彼女も「私は月曜の夜、あなたに電話したのよ。友人に電話番号を教えてもらって。でも留守電だったから、伝言を残さずに切ってしまったの」と言う。お互いにビックリして、連絡先を交換し、近々会う約束をした。

後日、ふたりで会ったとき、彼女は違う業界への転職を考えていて、私にアドバイスを求めてきた。ちょうど、その業界でバリバリ働いている女性を知っていたので、「よく飲み会をする人だし、今度、飲み会があれば誘ってもらうよう言っておくわ」と話しておいた。するとまもなく、そんなに頻繁に連絡をとっていなかったその女性から、「飲み会するんだけど、女性が少ないから参加してくれない?」と電話があった。もちろん、ドイツ帰りの彼女も誘って参加する旨を伝えた。

ところが当日、何を食べてもお腹を壊さないと豪語するほど強靭な胃袋を持っていた私が、なぜか突然の食あたりで、会社を休んでしまった。ドイツ帰りの彼女は、ひとりきりで知らない人ばかりの飲み会に参加することを躊躇していたが、「私も、誘ってくれた女性しか知り合いはいないけど、彼女はとってもフレンドリーな人だから、何も心配しなくて大丈夫。彼女の友人なら、みんな楽しい人ばかりよ。絶対、行くべき!」と私は彼女の背中を押した。

それから数ヵ月後、彼女から会おうと連絡があった。転職活動に進展があったのかと思い、出かけていくと、開口一番、彼女はこう告げた。「実は結婚することになったの。」ええ~っ!? 相手は飲み会で出会った男性だという。再び、ええ~っ!? 出会って数ヶ月で結婚!?

実は彼女、大学の頃から男子に大人気のモテモテ女性だったのだが、これまでずっと独身を貫いていた。先日、話したときも、「結婚なんて考えられないし、転職してもっと仕事にがんばりたい」と言っていたのだ。だから私は思わず訊いてしまった。
「あなたは昔からモテたし、彼氏もずっといたし、結婚話もいくらでもあったと思うけど、それでも結婚しなかったでしょ。なのに、今回こんな突然に。いったいどうしてなの?」
彼女の答えはただ一言。
「理想の男性に出会ったから」
はぁ~、なるほど! そりゃ、納得。

そして彼女はひとしきり私に感謝してくれた。私のおかげで彼に出会ったのだと。けれど、よく考えれば、私たちも何かに導かれるかのように東京で再会していたわけだから、すべては最初から決められていたのかも。私は単に、ふたりを引き合わせるキューピッドの役割を仰せつかっていたのかも知れない。

当時、まったく恋愛運に恵まれていなかった私は、「いま、こうやって他人様のキューピッドになれたのなら、いずれ私の理想の男性も現れるだろう」と自分に言い聞かせていた。そして、それが本当に現実となっている。

さてさて、ドイツ人の友人にも久々にメールして、クラスメートからのメッセージを伝えなければ。

*天使を迎えるために白い花をいくつも部屋に飾ったら、夫もお花をもらってきた。
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卑怯者(小学校のガキ大将の思い出)

前原外相辞任だと。こんなにあっさり自分から辞めてしまうのは、これ以上、表に出されては困ることがいろいろあるからだと勘ぐってしまう。しかも、前原氏への同情を引くような報道が多いことが、さらに怪しい。私が信頼している番組ですら、きょうは前原擁護に徹していた。(その理由は、なんとなく想像できるんだけど。)

私は霊感はないくせに、直感と感情で動く人間だ。前原氏は「口だけ番長」と言われているそうだが、私も、彼のおどおどした目を見た瞬間に、「こいつと喧嘩したら、私でも勝てる!」と思えてしまった。逆に、西田議員はクラスでも一目置かれる存在だったのではないかと思う。

私の故郷は「仁義なき戦い」の舞台であったせいなのか、日常生活の中で明らかにヤクザさんとわかる方々を見ることがあった。小学校の同じクラスには、そういう人の子供も含め、やけにガラの悪い奴がけっこういた。けれど、クラスの番長のおかげで、弱い男子も女子も、ガラの悪い連中からいじめられるずに済んでいた。たとえ、いじめられかけていても、誰かが番長に告げ口(?)すると、「われ、やめちゃれーや」と止めに来てくれるのだ。

ところが、番長とはいうものの、この男子、見た目はおぼっちゃんだった。身長も高く、上品な、いいところの坊ちゃん風。女子にも、優しい。まったく怖い感じはしないのに、彼に歯向かう男子はいなかった。

私もクラスの中では身長が高く、バシバシものを言う方だったので、彼とは仲良くしたり、喧嘩をしたりしていたのだが、ある日、どういう経緯だったか、彼ともうひとりの男子が下校時に私の家までついて来た。私がどんな家に住んでいるか見てみたい…ということだったと思う。その頃、我が家はおんぼろ借家に住んでいたので、私は必死で「ついてこないで」と訴えたのだが、とうとう我が家についてしまった。私はかぎっ子だったので、留守宅に男子が二人、上がりこんでしまい、どうしようと思っている間に、ふたりは私の机の上の日記帳をめざとくみつけてしまった。

私は「ダメ~!」と日記帳を隠したのだが、それで余計に「見せ~や!」となってしまい、とうとう日記帳を取られてしまった。実は、この日記には、どうしても誰にも知られたくない秘密を書いていたのだ。その秘密とは、「大正2年生まれの父が今もふんどしを愛用していること」。今思えば、なんともないけど、小学生の女子にとっては死ぬほど恥ずかしい秘密だったのだ。

そもそもは、チンピラみたいなガラの悪い男子が私の家を見に行くと言い出したせいで、彼のお目付け役のような形で坊ちゃん風の番長が一緒について来てくれていたので、とられた日記帳を彼が返してくれるのでは…と期待していたのだが、番長も好奇心に負けてしまったのか、私の日記帳をぱらぱらとめくって、ふと目を留めて読み始めた。

私はてっきり父のふんどしのことを知られたと思い、「恥ずかしい!!」と思っていたら、番長はものすご~くショックを受けた顔で、私にこう言った。「○○、わし、卑怯じゃったか?」 「え!?」と、私は一瞬、なんのことかわからなかったが、彼が読んでいたページを見ると、どうやら私が彼のことを名指しで批判していたらしい。クラスでちょっとした事件があり、彼が仲裁役のようなことをしたのだが、それを不公平に感じた私が、「××君って、卑怯だ」と書いていたのだ。番長の逆鱗に触れた…と内心びくびくしていたら、彼は静かに、「ほうか~。わし、卑怯じゃったかのぅ」と反省するかのように言う。彼にしてみれば、よかれと思ってやったことを、第三者から卑怯と見られていたことがショックだったのだろう。

私はふんどしのことがばれなかった安堵感もあったのか、番長が他人の批判に素直に耳を傾ける人であったことに驚き、それ以来、彼に一目置くようになった。翌日、チンピラ風の男子は「○○の家、ぶちぼろじゃった」と言いふらしたようだが、番長は私の家に行ったことについては、何も言わなかった。

あの日を境に、私はチンピラ男子をさらに大嫌いになり、授業中に私を見ていることに気づくと、「ガンつけんな」とばかりに睨みつけてやった。逆に、あれ以来、番長とは卒業まで仲良くしていたが、私が女子校に進学したため、親交はなくなった。

大人になって知ったのだが、彼は単なるお坊ちゃんではなく、えら~いヤクザさんの息子だった。どおりで、誰も歯向かわなかったわけだ。けれど、彼には回りを納得させる公平さ、謙虚さ、優しさがあった。本物の番長とは、そういうもんだと思う。

ちなみに、うちの母も言っていた。「何歳になっても、町で出会ったら、ちゃんと挨拶して、『○○ちゃん、元気ですか?』と訊いてくれる男の子は、あの子くらいじゃった」と。私の大学受験で、一緒に東京に来た母は、新宿の交差点でその番長とすれ違い、そのときも明るく挨拶してくれたらしい。

今頃は、もしかして、りっぱなヤクザさんになっているのだろうか!? だとしたら、民主党には献金していないことを願うばかり。
(よく考えたら、広島のヤクザさんは反山口組系だから、民主党に献金なんて、あり得ないか。広島のこのマイナーさ加減が好きだ。)

*散歩途中にみかけたお家。こういう小さな家が好き!
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