しあわせって・・・?

しあわせは状況ではなく心が決めること、というのが私の持論だが、
地震や悲惨な事件、事故のニュースをみると、どう考えていいかわ
からなくなる。ただ、しあわせは瞬間、瞬間のもので、しあわせな
状況が永遠に続くわけでないことはわかっているから、できるだけ
しあわせの瞬間を積み重ねていけたらいいと思っている。

私の母は、私や父がでかけるとき、いつも私たちの姿が見えなくな
るまでずっと見送ってくれた。うちはなだらかな坂の一番上にあっ
たので、その坂を降りきるまで、ずっと見送っているのだった。
その影響で、私も両親がでかけるときは、ずっとずっと見えなくな
るまで見送るのが習慣となった。特に、両親が自営を始め、ふたり
で仕事にでかけるようになってから、私はいつもふたりを見送って
いた。ひとり留守番する身としては、ちょっと不安だというのもあ
ったし、万一、ふたりの身になにかあった場合、「ああ、最後の朝
だったのに、ちゃんとお見送りしてあげられなかった」と後悔する
のが嫌だったから。

母はどういうつもりで見送っていたのかわからないけど、「これが
最後かも知れない」という思いをもっていればこそ、「ただいま!」
と帰ってきてくれるときの喜びもひとしお。

18年のひとり暮らしを経て結婚した現在、私は毎朝、子供とふたりで
夫の姿が見えなくなるまで見送っている。そして子供を保育園に連れ
て行くと、今度は子供が教室の窓を開けて、私が帰って行く姿をずっ
と見送ってくれるから不思議だ。
そして、私の毎日の一番のしあわせは、帰って来た夫と子供の顔を見
る瞬間だと思う。

それにしても、昨晩のテレビで見た杉田かおるの披露宴(?)には、
泣いた! 幸せになって、よかった! 赤の他人ながら、本当によか
った!!

miokur

つらら、つらつら・・・(おばちゃん、余計なお世話だよ)

今朝は雪かき中の裏のおばちゃんにつかまり、10分ほど立ち話。一人暮らしのおばちゃんは、宗教の勧誘の人まで話相手にしちゃうほど、お喋り好きです。

山が荒れているという話をひとしきり聞かされ、その後、「ひとりっ子はよくないぞ」という話やその他もろもろ。
そしてやっと犬の散歩に出かけ、昨日より長くなったつららを見ながら、つらつらと考え事…。

ここは田舎のせいか、うちみたいなひとりっ子は少数派。兄弟が多いお家はにぎやかで楽しそうだけど、私自身もひとりっ子なので、ひとりはひとりでそれなりに楽しいことも知っている。

それより、不思議に思うのは、おばちゃんみたいな発言をする人が多いこと。(昔から。)人は誰しもひとつの立場しか経験できないのに。ひとりっ子ひとりっ子の立場しか知らないけど、たとえ兄弟がいても、長男は長男の、末っ子は末っ子の立場しかわからない。その立場がどう影響するかは、人それぞれ。自分の置かれた状況を、楽しんで、活かせることができさえすればいいんだから、どういう状況にあるかは私にはあまり重要ではないんだけどなあ。どっちにしたって、自分でどうこうできることじゃないんだし。

もっとわからないのは、少子化少子化って政府やメディアが騒いでいること。少子化のなにが悪いんだ?
つらら

きらきら光る雪の朝

年末からうちに滞在していたオランダの友人が、今朝のバスに乗って、次の目的地へ向かいました。昨晩の帰り道も、雪がきらきら輝いていましたが、今朝も快晴の空の下、雪はまぶしく光っています。

文化や言葉が違う彼女に、どれだけのもてなしができたか不安ですが、きらきら光る白銀の世界を走り去るバスを、息子と一緒に見送りました。

他者との共存に一番必要なのは、やはり寛容の精神でしょうか。
見送り

鑑真和上とヨン様

数年ぶりに奈良を訪ねました。80歳を過ぎた伯母の見舞いが目的です。思いのほか元気な姿に安心しましたが、そうとう愚痴がたまっていたらしく、私の夫を連れ出し、ひとしきり喋っていました。私に言っても笑われるだけだからと。(たしかに。)

さすがに夫がかわいそうになり、そろそろいいだろうと助け舟を出しに飲み物をもっていき、冬ソナの話題を出したら、伯母の表情がぱっと明るくなりました。そして、またひとしきり喋る、喋る。冬ソナ20回は見たそうです。巷には50回も見た人がいると聞いて驚いていたけど、私の身近にも似た人がいたなんて。(しかも血縁者!)伯母はベッドに横になり、顔の下にハンカチを敷いて見るのだそうです。涙をいちいち拭わなくてもすむように。しかし、伯母と話を合わせるために冬ソナを見たというお嫁さんが、気の毒でした。

せっかく奈良まで来たので、近くの唐招提寺も訪ねました。私は何度も来ていますが、夫とオランダの友人は初めて。以前、ここで初めて鑑真和上像と対面したとき、思わず「よくいらっしゃいました」と、感動がこみあげたことを覚えています。そのお姿を見るだけで、涙が浮かぶなんて、鑑真和上ヨン様くらいかも。

しかし夫にとっては、とんだ一日だったことでしょう。せっかくの休日、しかも自分の誕生日なのに仏像を見て、おばあちゃんの愚痴を聞いて…これじゃ、普段の寺生活と変わらない!しかも長い道のりを運転させて…お疲れ様でした。ありがとう!
寺

お正月に広がる友達の輪

食べ物をどっさり抱えて、友達が泊まりに来てくれました。当分、料理しなくてもよさそうなくらい。食べて、飲んで、喋って、冬ソナ見て、また喋って…。こんな夜更かしは久しぶり。

偶然にも、彼女とオランダの友人は人生の二度の転機を同じ年齢で迎えていました。そして今年はふたりとも、大きな一歩を踏み出す予定。ふたりの決断に、心からのエールを送ります! こうやって、それまで知らない同士だった友人たちが仲良くなっていくのも嬉しいこと。
前の晩のカラオケと、夜通し喋ったせいで、私の声はガラガラとなりました。
おせち

みんなで鍋パーティ(&オランダのお菓子、ドロップ)

きょうは、友人たちを招いて、みんなで鍋を囲みました。久々に会った友人は、4日続けて虹を見た話をしてくれました。一番すごかったのは、飛行機から見た「虹の輪」だったとか。雲の上に、虹のリングが浮かんでいるんですって!

が、しかし、やがて話は冬ソナに。日本語の殆どわからないオランダの友人まで、第一話を見ただけでのめりこみ始めているのです。(と、無理やり見せてる私!)<家にテレビを置いていない友人夫婦に、まるで新興宗教の勧誘のように冬ソナの魅力を語り続ける私たち。(そう、私だけではないのだ。)

さて、おいしい鍋と、お土産にいただいたおいしいケーキといちごを食べたあと、オランダの友人が持ってきてくれたかの国のお菓子、ドロップをみんなで試食。ゴムを噛んでいるような感触とアニス系(?)の匂いが私はダメ。見た目はごらんの通り可愛いのですが。これを初めて口にした友人たちの顔も、見ものでした。
ドロップ

思いを馳せる(年賀状を書いてます)

やっと年賀状を書いています。年賀欠礼のハガキが前より増えたような気がするのは、私自身が年を重ねている証拠でしょうか。
そして、年賀状を出せない友人・知人にしばし思いを馳せています。特に、番狂わせの思いがけない死に直面した友人のことを思うと、胸が痛むばかりで、言葉を失います。

年賀状を書けない友人にこそ、この休みの間に心をこめて手紙を書こうと思います。

*by Kojiro Kisaka
kojiro