不思議な縁

先日、中高時代の友人からご主人が制作したテレビの新番組のお知らせがきた。ネットで検索してみたら、その番組の制作に携わった方のブログに遭遇した。そして、そのブログの最新日記を見ると、なんとその方は東京から関西まで移動して、ご主人のバンドを見るために私の友人のライヴハウスに来ているという。まさに、私がその日記を読んでいた頃、ライヴが行われていたのだ。

なんともいえず不思議な縁を感じてしまった。が、そもそもなぜこの方のブログに読み入ってしまったか。それは可愛い男の子の写真を見てしまったから。この方の息子さんは、うちの子のほぼ二年後に生まれ、わずか2歳半で突然の病気でこの世を去ったのだという。

大切なものができると、人はそれを失うことを恐れ、おびえる。私も子供をもつようになってから、この子が何事もなく無事に大きくなるようにと、いつも祈るような気持ちでいる。何かの間違いで突然、この子がいなくなってしまったらどうしよう…という恐怖心は、いつも心のどこかにある。だから、子供の事件をニュースで聞いても他人事とは思えない。子供は特に、自分の子供でありながら自分のものではない、預かりものという意識があるからこそ、この気持ちは切実だ。

子供に限らず、出会いがあれば、必ず別れがある。それがわかっているからこそ、共有できる「いま」が大切なのだ。そして出会いも「いま」も、永遠に心の中で生き続ける。不思議な縁で出会った、もうこの世にはいない男の子も、いまでは私の心の中で生きている。

*きょうも霧の朝。このあとは快晴となりました。
kiriasbs

ドゥブロブニク

昨晩、サッカーのボスニア戦を見るとはなしに見ていたら、アナウンサーがビッチ、チッチ言っている。いやぁ、ボスニアの選手名を見たら、見事にほぼ全員が○○ビッチ、○○チッチとなっていた。大学時代、ホテルの電話オペレーターのバイト中に、ポッポビッチさんという人から電話があって、吹き出しそうになったことを思い出した。(まだ箸がころんでもおかしい年頃だったのだ。)

80年代の終わり頃、私はクロアチアのドゥブロブニクという街に一週間ほど行ったことがある。アドリア海の真珠と呼ばれる美しいリゾート地だ。銀行のジュニアディーラーの世界大会だったので、日中はずっとセミナーを受け続けたが、夕方や週末の自由時間に中世の姿をそのまま残す旧市街やお隣のモンテネグロまで足を伸ばした。

ある日の夕方、ドゥブロブニクの旧市街をひとりで歩いていたら、どこからともなく美しいリュート音楽が聴こえてきて、中世にタイムスリップしたような幻想に襲われた。そのまま音楽の出所をたどると、一軒の画廊(といってもお土産屋さんに近い)に行きついた。そこではおばあさんが、息子の版画を売っていた。絵にもひきつけられて、衝動買いしたら、作者である息子さんも出てきて、リュート音楽のタイトルを教えてくれた。

あまりに美しい街だったので、いつか新婚旅行で再訪しようと決意したが、その後、内戦が勃発した際に、この美しい街も攻撃された。なぜかわからないが、私はセミナー中もセルビア人と思われる人たちには好意がもてず、クロアチアの人たちに妙な親近感があった。あの日の夕方の、あの夢のような空間体験もいまだに鮮明に脳裏に焼きついている。バカらしいと思われるだろうが、密かに私は思っている。きっと私は前にもここに来たことがあったのだと。だって、そこにいるだけで涙がでてきたのだ。

だから、ボスニアには負けるわけにはいかない(!?)。引き分けでよかった~。(あとで調べたら、ボスニア・ヘルツェゴビナの人口構成は、ボシュニャク人が48%、クロアチア人が14%、セルビア人が37%でした。う~ん、複雑!)

*これがドゥブロブニクで買った版画です。
dubpr

*大学時代にゼミで読んだ『ドリナの橋』。ユーゴの複雑な歴史がわかります。
ドリナの橋

東銀座 レストラン「ナイル」の思い出

今朝も雪が舞っている。
日曜だけど、夫はきょうは普段より早く家を出て、神戸・大阪で仕事。

私は子供の相手をしながら、相変わらず仕事。と言いつつ、おやつ代わりにパッパドを食べる。先日、輸入食品店でみつけて初めて買ってきたのだ。おとといのインド料理がまだ尾を引いている。

私が初めてパッパドを食べたのは、東銀座レストランナイル。(ここのメニューはパッパルと表記していたと思う。)カレー好きの私は、東京で機会あるごとにカレーの食べ歩き(?)をしたけれど、今でもここのカレーが一番好きだ。

カレーの味ももちろんだが、お店の人たちも忘れられない。インド独立運動の闘士だったという今は亡き初代ナイルさんは、レジの前に座って、ときどき話しかけてくれた。二代目ナイルさんは、BGMのインド音楽について質問したら、テープに録音してくれた。そして…驚異的だったのが、名前も知らない給仕のおじさん。これぞ、プロ中のプロ。こんな人は見たことない。

ナイルさんを始め、このおじさんもお客に「お嬢さん」、「若旦那」と呼びかける。なんと新鮮な響き! そして、うま~いこと店の名物「ムルギランチ」を薦め、食べ方を教えてくれる。というより、その通りに食べなくてはいけないのだ。

私は何度か通ううちに、ようやく「ムルギランチ」以外のものを頼む勇気が出たが、店の表のウィンドウで見て興味津々だったインドのハンバーグのようなものだけは、「時間がかかるよ」の一言で注文を受けてもらったことがない。

そのうち、私は「ムルギランチ」かその他のカレーパッパド二枚、食後はマサラティーを注文するのが定番となった。といっても、そんなに頻繁に通っていたわけではない。よくても二ヶ月に一度。一緒に行く人も、そのつど違っていたはずだ。そのおじさんのすごいところは、私のパターンを覚えていて、カレーを注文したあと、やっぱりパッパドも…と思っていると、ふと目が合って、「はい、お嬢さん、パッパド二枚ね」と心を読んでくれること。辛いカレーを食べて、ああ紅茶が欲しい…と思って顔を上げると、「マサラティーね」と声がかかる。

そして一番驚いたのが、パリで二年間を過ごして東京に帰り、久々にナイルを訪れたときのこと。店に入るなり、「ああ、お嬢さん、久しぶりだねえ」と声をかけられた。「え、覚えてますか?」と驚く私に、彼は「当たり前ですよ。きょうもパッパド二枚つける?」と言ってくれたのだ。これには感激した。

きょう久々にパッパドを食べたせいで、こんな記憶が蘇ってきた。ああ、またナイルカレーが食べたい。あのおじさんは健在だろうか。あれから十年は過ぎたから、もう私のことは覚えていないだろうか。

気がついたら、夫のために…と思って多めに揚げたパッパドを殆どひとりで食べつくしていた。辛いものを食べると、今度は甘いものがほしくなるんだよな~と思っていたら、大阪のど真ん中のホテルに行ったからと、夫がケーキをお土産に買ってきてくれた。「おお、ここにも私の心が読める人がいた!」と、ひとしきり感激したのでありました。

ああ、また食べすぎ。

ケーキ

無欲の勝利!?(夫が大量の洋服を手に入れた)

保育園に向かう道すがら、「あ、飛行機雲だ!」と子供が叫んだ。
お陰でしばらくの間、青く晴れ渡った空を見上げることに。
ああ、気持ちいい! 歩いて子供の送り迎えができることの喜び
をかみ締めた。

夕方は、夫が大きな紙袋をいくつも抱えて帰宅。食べ物をもらって
帰ることは時々あるけど、きょうはなにかと思えば、大量の衣類!
職場の先輩がクローゼットの整理をしたとかで、「着られなかった
ら、洗車にでも使え」と、ポロシャツやジャンパーなどが30着ほど
入っていた。しかも、新品同様(まっさらの新品も!)で殆どがブ
ランド物。

きょうの午後、友達と電話で長話したときに、私も夫も着るものに
無頓着すぎると話したところだったのだ。夫は作務衣かジャージ以
外のものを着ることが殆どない。そういう私も、人のことを言えた
筋合いではない。太ってサイズが変わったことを言い訳に、おしゃ
れする努力を怠っている。

それにしても…。とりたててそんなものいらないと思っているとき
にこそ、手に入ることって多くない? 邪念を捨てたときにこそ、
願いがかなうように。

空

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