また遭遇

ふだん夫の職場関係の方とのお付き合いはしていないのだが、ひとりだけ例外的にたまにランチをご一緒する奥さんがいる。きょうがその久々のランチの日で、彼女が一度行きたかったという生パスタのお店に行った。私が何度か行った経験から、ランチタイムはかなり混むので11時半の開店に合わせて出かけたのだが、開店前から待っている人たちがいて、11時半に到着した私たちはギリギリ、カウンター席をゲットした。この街で、こんなに人気の食べ物屋さんって珍しい。

食後はゆっくりお喋りしたかったのだが、店内にはテーブルが空くのを待っているお客さんたちが並んでいたので、私たちは早々に店を出て、場所を移すことにした。私は友人の車に乗せてもらい、友人がちょっと寄りたい所があるというので、そちらに向かっていたら、裏道の交差点で出会った車に山の集落の友人夫婦が乗っている! 思わず互いに手を振って、そのまま車は走り続けたのだが、結局、二台とも同じ駐車場に到着。なんという偶然。おかげで友人が用事をすませる間、私は久々に山の友人と立ち話ができた。

この山の友人、おととい宅配のお兄さんから「○○に引っ越されたんでしょう? ××さんから聞きましたよ」と言われた「××さん」なのだ。実は彼女も、山の家はそのままに、最近、別の近隣の街に引っ越したところ。よく考えたら、この3月まで彼女の娘さんの担任だった先生が転任となり、4月から、きょうランチをした友人の娘さんの担任となっていたのだ。ほんと世間って、狭いのだわ~。

私はその後、ランチをした友人とさらなるお喋りをして帰宅した。息子は息子で、放課後、勉強会と称して友達が集まったのに、結局、YouTube鑑賞会となり、みんなで笑い続けていた。ま、楽しそうで何よりですが。

*友人は食後のデザートを頼んだけど、私はぐっと我慢しました!
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決断のとき

これまで人生の重大局面での決断で迷ったことは殆どない。自分にとって重要なことほど、心の声がはっきり聞こえるというか、迷うまでもなく、最初から心が決まっているのだ。逆に、どうでもいいことについては、妙に迷ってしまう私がいる。たとえば、レストランのメニューで何を選ぶか、前髪をもう少し短くするべきか・・・といったこと。それから、その中間で、わりと大事なことだけど、しゃきっと心が決まらなかったり、自分の下そうとする決断に自信がないときは、少し猶予期間を置くことにしている。たとえば一日くらい。その間に、その決断を下した場合に起こりうる最悪の状況を想定して、「あ、これくらいなら大丈夫」と思えたら、GOサインを出す。

かつて東京の会社に勤めていたとき、ある日、突然、その会社を辞めたいと思った。望んで入った会社だったけど、仕事の内容はともかく、一緒に働く人たちがあまりにネガティブで(全員じゃないけど)、「これはたまらん!」という思いが少しずつたまっていて、とうとうこの日、私の中で「こんなところは、もう嫌だ」という思いがはじけたのだ。ネガティブな気持ちや悪意が私に向けられれば、言い返したり何なりするのだけど、私とは関係ないところで他の人たちにねちねちやってる様子がいつのまにか耳に入ったりするのが、嫌でたまらなくなった。そして、ふと「あ、この会社を辞めたら、こんな思いをしなくていいんだわ。なんで、今まで気づかなかったんだろう?」と思ったら、気持ちがすっきり。「よ~し、社長に話しに行こう!」と思ったのだが、「待てよ、こんな思いつきで会社を辞めて、あとで後悔したらいけないから、きょう一晩考えよう。明日も同じ気持ちだったら、そのとき社長に話しに行こう」と思いとどまった。

その日の帰り道、雑踏の中を歩いていたら、はるか前方から見たことのある人が歩いてきた。何年も前に別れて以来、一度も会ったことのない彼だ。「うわっ、やばい!」と思ったけど、あっちは暗くうつむき加減に歩いていて、まったく私に気づく気配はない。申し訳ないけど、今見ると、なんだか貧相で情けない感じの人だ。その彼には失礼ながら、私は「やっぱり、別れて正解! 私は正しい決断をして、正しい道を歩んでるんだわ~」と納得し、翌日、社長に退職願を出した。

世間は狭いと実感したのは、関西に引っ越して、結婚して子供ができたあとのこと。京都の友人から本をプレゼントされた。著者は、彼女のご主人の親友で、本には彼女のご主人も登場するから読んでみて・・・とのこと。「ええ~、そんな本をもらっても・・・」と思いつつ、ぺらぺらめくっていたら、あとがきにあの貧相な彼の名前が出ているではないか。この本の制作に携わったらしく、あとで聞くと、友人夫婦も出版パーティで彼と知り合ったという。おかげで彼の近況を友人から聞くことになり、まあ、お互い幸せで何より。私の決断が正しかったことを、この目で確認させてくれた彼には、今でも感謝しております。それにしても、人の縁とは不思議なものよ・・・。

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普通の生活

夫は昨日の夕方、新幹線で自宅へ戻った。私は息子とふたりで故郷の町にあと数日滞在予定。父は相変わらず元気で、きょうは特に上機嫌だった。車で街を走ると、けっこう混んでいるし、ショッピングセンターも賑わっていて、「ああ、ちゃんと経済活動が行われている」と、ほっとした。

それでも、被災地からこんな遠くにいても、なんの被害にあっていなくても、いろんな思いがよぎって、目がうるうるしてしまうのだが、私にできることと言えば、できる限り働いて、お金使って、税金払って、国に貢献することだろうか。

今までずっと、お金を稼ぐことに否定的なイメージを持って生きてきた私だが、この年になってやっと、お金を稼いで、それを上手に使えば、世の中のためになるのだなぁと気づいたところ。今さらだけど…。

それから、昔からある職業こそ、本当に必要とされる仕事なのだなぁと、つくづく。誰かの役に立てる人間でありたいと願いつつ、自らの無能ぶりが情けない。せめて、避難場所として使えるように、実家をきれいにしておこう。

*故郷は自衛隊の町。
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天使の効果(!?)

DSC02547 私は怒りっぽいけれど、自分のことで憤慨することはあまりない(つもりである)。もっぱら他人のこと、世の中のことで憤っている。これまでも、自分の生活で腹が立つことは殆どないのに、国会中継を見て怒り心頭とか…そういうことがしょっちゅうだった。

例外的に、”Angel Visit”の5日間は知らず知らずのうちにネガティブな感情を出さないように意識したのか、普段より心穏やかに過ごすことができた。例えば、民主党政権に対しても、憤ったり怒るのではなく、心の修行と思って、すべての事象をありのまま、前向きに受け止めるよう自分に言い聞かせた。そんなのほぼ無理だったけど、でも、そう意識するだけでも、心持ちがだいぶ違ったように思う。

そして”Angel Visit”の翌日に東北の大震災。これでまた、私の心の修行(?)は振り出しに戻ったが、それでもちょっとずつ意識を変えようと今も試みている。

私のあとに”Angel Visit”を引き受けてくださった方は、Angel効果なのか、やたらとぞろ目を見るようになったとか。そう言われると、私もそう。ふとデジタル時計を見ると、ぞろ目だったということが日に何度もある。(これも意識したせい!?)たったそれだけのことでも、ちょっとラッキーな気がするから不思議だ。

きょうは3月中に会おうと約束していた友人と会い、ランチのあとケーキも食べて、夕方近くまでさんざん喋った。4月からフルタイムの仕事に復帰する彼女にエールを送り、久々に思い切り本音トークができた。その結果、私は共通の知人や組織について批判しまくり。ああ、やっぱり心の修行ができてない。今となっては私はなんの関係もない人や組織なんだけど、がんばっている彼女のことを思うと、どうしても言わずにはいられなかった…。

でもやっぱり、ネガティブな思いを言葉にしたことを反省している。それだけでも、以前よりはちょっと進歩しただろうか。だから今も、現政権に言いたいことを、ぐっと堪えている。「生き残った人たちを犠牲にすることだけはしないでくれ」と祈りながら。

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キューピッド物語

天使のお陰か何なのか、このところ何年も音信不通だった人から次々とメールが入る。これは、何なのだろう?

きょうは、もう何年も年賀状以外のやりとりはしていなかった大学時代のクラスメートからメールがきた。何年も前に私が紹介したドイツ人が、テレビに出ていたらしい。とっくに帰国したと思っていたドイツ人が、赤ちゃんを抱いて街頭インタビューに答えているのを見て、「彼女は結婚して日本にいるのですか?」とメールしてくれたのだ。

このクラスメートは、かつて某日本企業の社員としてドイツに暮らしていた。特に親しいわけではなかったが、私がパリに留学したのを風の便りに聞き、一度、ドイツからパリに遊びに来てくれた。その後、ふたりとも東京に戻っていたのだが、互いの連絡先は知らぬままだった。

ある日曜日、用事があって東京駅から中央線に乗ろうとしたとき、同じホームに彼女の姿をみつけた。外国人グループを年配の日本人男性とふたりで引率しているようで、明らかに仕事中である。声をかけるのもはばかられ(遠かったし)、一生懸命手を振ったけど、気づいてもらえず、私も時間が迫っていたので、そのまま電車に乗ってしまった。

声をかけておくべきだったなぁと思いつつ、その週の水曜だったか祭日の日に友達と待ち合わせした表参道に向かった。そして地下鉄からホームに下りたと思ったら、目の前に彼女が立っていた。私は思わず、「日曜に東京駅で見かけたのよ~、電車の時間が迫ってて、声かけられなかったけど」と言うと、彼女も「私は月曜の夜、あなたに電話したのよ。友人に電話番号を教えてもらって。でも留守電だったから、伝言を残さずに切ってしまったの」と言う。お互いにビックリして、連絡先を交換し、近々会う約束をした。

後日、ふたりで会ったとき、彼女は違う業界への転職を考えていて、私にアドバイスを求めてきた。ちょうど、その業界でバリバリ働いている女性を知っていたので、「よく飲み会をする人だし、今度、飲み会があれば誘ってもらうよう言っておくわ」と話しておいた。するとまもなく、そんなに頻繁に連絡をとっていなかったその女性から、「飲み会するんだけど、女性が少ないから参加してくれない?」と電話があった。もちろん、ドイツ帰りの彼女も誘って参加する旨を伝えた。

ところが当日、何を食べてもお腹を壊さないと豪語するほど強靭な胃袋を持っていた私が、なぜか突然の食あたりで、会社を休んでしまった。ドイツ帰りの彼女は、ひとりきりで知らない人ばかりの飲み会に参加することを躊躇していたが、「私も、誘ってくれた女性しか知り合いはいないけど、彼女はとってもフレンドリーな人だから、何も心配しなくて大丈夫。彼女の友人なら、みんな楽しい人ばかりよ。絶対、行くべき!」と私は彼女の背中を押した。

それから数ヵ月後、彼女から会おうと連絡があった。転職活動に進展があったのかと思い、出かけていくと、開口一番、彼女はこう告げた。「実は結婚することになったの。」ええ~っ!? 相手は飲み会で出会った男性だという。再び、ええ~っ!? 出会って数ヶ月で結婚!?

実は彼女、大学の頃から男子に大人気のモテモテ女性だったのだが、これまでずっと独身を貫いていた。先日、話したときも、「結婚なんて考えられないし、転職してもっと仕事にがんばりたい」と言っていたのだ。だから私は思わず訊いてしまった。
「あなたは昔からモテたし、彼氏もずっといたし、結婚話もいくらでもあったと思うけど、それでも結婚しなかったでしょ。なのに、今回こんな突然に。いったいどうしてなの?」
彼女の答えはただ一言。
「理想の男性に出会ったから」
はぁ~、なるほど! そりゃ、納得。

そして彼女はひとしきり私に感謝してくれた。私のおかげで彼に出会ったのだと。けれど、よく考えれば、私たちも何かに導かれるかのように東京で再会していたわけだから、すべては最初から決められていたのかも。私は単に、ふたりを引き合わせるキューピッドの役割を仰せつかっていたのかも知れない。

当時、まったく恋愛運に恵まれていなかった私は、「いま、こうやって他人様のキューピッドになれたのなら、いずれ私の理想の男性も現れるだろう」と自分に言い聞かせていた。そして、それが本当に現実となっている。

さてさて、ドイツ人の友人にも久々にメールして、クラスメートからのメッセージを伝えなければ。

*天使を迎えるために白い花をいくつも部屋に飾ったら、夫もお花をもらってきた。
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雨の奇跡(第二弾)@東京

「ボンマルシェ愛の奇跡事件」では私の愛が雨を降らせた(と思っている)のだが、これの逆パターンの奇跡事件があったことを思い出した。

私がとある外資系企業に勤めていたときのこと。私の属するグループの日本人スタッフは、全員が外国人上司のことを嫌っていた。いろんな出来事が積み重なった結果なのだが、要は何か起こると部下のせいにして、自分で責任をとろうとしない彼に、みんなが愛想を尽かしていたのだ。

そんな中、運の悪いことに(!?)私が直接、彼とやりあうことになってしまった。私は彼を個人的に嫌っていたわけではない。むしろ、いい人だと思っていた。ただし、いい人なだけで、小心者で自信もガッツもない奴だとも思っていた。だから、彼がちょっと涙目で、「君は僕をそんなに嫌っているのか?」と訊いてきたときは、さすがに可愛そうになり(でも、心の中ではガッツポーズ!)、「嫌ってるわけじゃありません。あなたは上司なんだから、もっと自信をもってください!」なんて励まして(?)しまった(心の中では、「わりゃぁ、部下に責任なすりつけんと、自分でちゃんと落とし前つけろや」と思いながら…)。これで、グループのみんなが言いたくて言えなかったことを、ぶちまけられたかな…と思っていた。

上司は、その翌日からやけに私たちに愛想よく振舞うようになった。そして、「○日にホームパーティを開くんだけど」と、ある日、ひとりひとりに声をかけた。けれど、「その日はちょっと都合が悪くて…」などと全員が断ってしまった。すると、今度はみんなが断れないように、「何日だったら、都合がいい?」と全員の予定をきいてパーティの日を決めてしまった。

わかってないよね。別に私たちと仲良くする必要なんか、ないんだよ。私たちは、彼と仲良くしたいという気持ちなんて、とっくに失っているんだから。ただ上司としての責任を果たしてくれれば、それでいい。それしか望んでないんだよ。

な~んて思いつつ、さすがにそれは言えなくて、上司がいないときに、みんなで「ねぇ、どうする~? もう、どうしようもないよね~、でも行きたくないよね~」と当日まで愚痴り続けた。「何か突発的な事件とか、とんでもないことが起こって、中止にならないかな~」と、私は何度も同僚と話していた。

パーティの当日は、みんなの心模様を映したかのように、空はどんより雲っていた。そして降り始めた雨が、どんどん激しくなる。オフィスの窓から外を見下ろすと、皇居のお堀の水位がみるみるまに上がってきた。すると、大雨のため地下鉄が運行休止になるとの知らせが入り、「4時に全員退社」とお達しが出た。上司には大変申し訳ないが、私たちの心が一気に晴れ渡ったのは言うまでもない。

そして翌日、「私たちの思いが空に通じたのかしら」と、みんなで言い合った。大雨の被害も、電車の運休程度ですんで、めでたし、めでたしだったのだ。

それにしても、リーダーの資質に欠ける人は、どうしたらいいんだろう? 本人が資質に欠けることに気づいてない場合が多いから、余計に困るんだけど。要は覚悟と責任感の問題だよね。

*桃の節句のきょうは、広島の友人が送ってくれた「桃色にごり酒」をいただきます!
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*きょうは雪!
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愛の奇跡(その2)

昨日のつづき。

山に篭って修行をする夫と出会い、すっかり感銘を受けた私は、勝手に応援団になったつもりで、東京の友人が京都に遊びに来るたびに、癒しスポットとして山のお寺を案内し、ついでに夫にお菓子などの差し入れをしていた。変な下心もなく、純粋なファン心理だったのだろう。修行中の夫と会えるチャンスは限りなく小さいのだが、その山の寺に行くだけで、心が洗われるような気がしていた。

この山は、私が暮らし始めた京都の家からも、もちろん見えた。当時、ほぼ唯一の地元の友人と、しょっちゅう近所を散歩していたのだが、私がその山に向かって、「あそこで修行をしてらっしゃるのね~」と手を振っていたことは、今でも彼女が引き合いに出す笑い話となっている。

この年の夏の終わりから秋にかけて、夫は90日間の座禅という修行をしていた。閉め切った小さなお堂の中で、ひとり座禅をするのだ。外に出るのは、食事、トイレ、お風呂のときだけ。基本的に寝てはいけない。一応、精神状態のチェックのため、定期的に指導者との面談があるらしい。

この間、少しでも夫に近づきたいという気持ちから、私も家で1日わずか30分の座禅を続けてみた。そして、ある日、また夫に差し入れを持っていこうと、近所の友人を誘って山に向かった。夫に会えないのはわかっているが、夫を始め、修行中の方々への差し入れを小僧さんに預け、あとは友人と山の中を散歩しようと思っていたのだ。

小僧さんがいるはずのお堂に向かう切り立った山道の脇に、夫が座禅しているお堂が見下ろせる。陽も当たらない大きな杉林の中にぽつんと建っていて、あたりは静寂に包まれている。私が小さな声で、「あそこのお堂よ」と囁いて歩いていたら、突然、ぎぃ~っと音がして、なんとお堂の戸が開いた。友人が「●●さんが出てきたよ」と言うのだけど、私は「ダメよ、修行中の人に、会っちゃいけないのよ」と後ずさり。だが、道のはるか下のお堂では、夫が私たちに気づき、手招きしているではないか。

聞いてみると、夫は私たちの話し声に気づいたわけではなく、単にトイレに行こうと出て来たところだった。そこで私たちは差し入れを渡して、そそくさと立ち去ったのだが、そのあまりのタイミングにビックリ。かくして、ボンマルシェ愛の奇跡事件に続く第二弾として、このエピソードも私の中で奇跡認定されたのである。

ちなみに、今でも私はこの山に入るときは、心の中で感謝を述べて、手を合わせるのが習慣となっている。

さてさてきょうも、まだ仕事にがんばらねば。

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強力占いさん(京都に引っ越した理由)

相変わらず(私には珍しく)、きょうもお仕事をしているので、また昔語りを…。

昨日の話に出た算命学の鑑定をしてもらったのは、中国留学を準備していたときのこと。留学自体は私の中ですでに決定事項だったが、留学するかどうか悩んでいると勘違いした同僚が、高尾学館(?)の偉い先生に話をもっていってしまったので、ありがたく(!?)鑑定を受けたというわけだ。

その後、いずれヨーロッパで職探しをするつもりで、まずは中国に向かった私。仙人のような老師の下で、太極拳を習って修行の日々を送りたい!と思ったからだ。当時は日本…正確には東京の空気がどんどん重苦しく、負のエネルギーばかりが感じられて、そこから飛び出したい一心だった。経済成長のピークを過ぎたこの国は、今後、どんな風に上手に衰退していけばいいのか、その中で人生を優雅に楽しむ方法はないだろうか…その答えがヨーロッパにあるんじゃないかと思ったんだけど、その前にまずは自分が修行してみようと決意したのだ。当時の中国は生活水準もまだ低かったので、昔の日本に戻ったような不便な生活に再び耐えてみよう!という気持ちだった。期間限定のチャレンジなら、楽しめると思ったのだ。

最初は3ヶ月のつもりで行った中国に、結局1年ほど滞在し、その間、いろんな経験をした。ブログでは書き尽くせないような事件が山ほどあった。中国は、いろんな意味で私を覚醒させてくれた。そして最終的にヨーロッパではなく、私は日本に帰って来た。

とはいえ、私は東京の空気が耐えられなくなっていたので、どこに住むべきか悩んでしまった。実家に帰ることも論外だったので、日本のどこかまったく知らない土地で、まるで外国にでも来た気分で暮らしたい…と思っていた。具体的な地名が浮かばず、インスピレーションをもらいたくて、友人に紹介された強力占いさんのもとを訪れた。

「中国から帰国したところなんですが、今からどこに住めばいいでしょう?」と聞くと、彼女は「今度は国内よ。地名ははっきりわからないけど、この辺り…」。どうやらそれは、京都の辺り。彼女の目には「山が見える」その場所の情景がはっきり映っているらしい。

そこで私は実際に京都に行って、彼女が指摘したエリアを歩き回り、自分が気に入った山が見えるポイントを写真に撮り、彼女に見てもらった。すると、「方角はあってる。でも、この山のもうひとつ奥よ」との答え。実は、そのもうひとつ奥のエリアのアパートを、知人から勧められていたのだが、私はなるべく中心部に近い場所がいいと躊躇していたのだ。確かにその奥のエリアはのどかな所で、そのアパートはどの部屋からも山が見え、裏には小川が流れていた。なるほど、気持ちのいい場所だと、私はそこに引っ越した。

そして、会社を辞めたまま今度はフリーランスとして、私はなんのあてもなく、ひとり未知の街で新生活をスタートした。そして、それからまもなく、東京の職場で先輩だった人からの依頼で、近くの山のお寺にお供した際に、そこで修行をしていた夫に出会うのである。「もう一生、結婚しないんじゃないか」と思っていた当時の私は、山に篭って修行をしている夫を見て、「なるほど、こういう人生もあるのか~」と深い感銘を受けた。そのときは、まさか結婚するとは夢にも思わなかったのだけど、実は私は重要なポイントを忘れていたのだ。

強力占いさんは、「山の上に男の人が見える」と言ってたんだよね~。それを思い出したのは、ずっとあとのこと。いや、実は忘れていて、正解だったのだ。夫と一緒になれたのは、「無欲の勝利!」という自覚があるので。

このつづきは、また明日にでも…。

*息子は元気に弁当持って、塾へ向かいました。
 そういえば、「笑っていいとも」のランキングで今度はピザの人気メニューの1位がプルコギだったとか!? そんなメニューがあること自体、知らなんだわ。
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前世の因縁(!?)

きょうは一日こもって仕事をしていたので、また過去の不思議話を。

東京の小さな出版社に勤めていた頃、編集の方から突然、取材について来てほしいと頼まれた。それも通訳として。「ええっ、そんなの聞いてないよ…」と実力のない私は恐怖にかられつつ(だって普段は事前に資料や質問をもらって準備するのに!)、「すぐそこですから」と言われるまま、近くの小さなホテルに徒歩で向かった。

ホテルのカフェで待っていたのは、細身で背がやけに高い、ボンデージ系の怖そうなお方。けれど、立ち上がって手を差し出す彼と握手をしたとき、なぜかわからないけど「この人、知ってる」と思ってしまった。話してみると、外見のハードなイメージと違い、とても穏やかな知的な人で、スムーズに取材は終了。同行編集者が日本人スタッフと事務的な話を始めたので、私たちもごく自然に雑談を始めたものの、途中、彼が席をたってトイレに行った隙に編集者の話が終わり、私は彼に挨拶もせず、そそくさと帰社してしまった。

会社に戻ってからも、「この人、知ってる」と思ったのはなんでだろう?ともやもやしていたのだが、夕方6時すぎに、私は大急ぎで会社を出た。待ちに待った美輪明宏のリサイタルの日だったからだ。遅れては大変と小走りしていたら、さっきのホテルの玄関にボンデージの彼の姿が見えた。ちゃんと挨拶もせずに帰ったので声をかけようかと思ったが、そのときの私は美輪明宏の方が大事だと、そのまま会場まで走り続けた。

リサイタルは期待通り、愛と感動に満ち溢れていた。閉演後、夕食の席で友人たちとリサイタルの感動を語り合った。美輪明宏の愛のメッセージが強烈で、「そうよ、愛よ、愛よね。人生、愛よね~!」と、私はすっかり盛り上がっていた。

翌日(土曜日)、目が覚めてからも、昨夜の高揚ムードは続いていて、「昨日のボンデージの彼にちゃんと挨拶しておけばよかった~」という気持ちから、気がついたら、私はあのホテルに電話をしていた。オペレーターから「お部屋におつなぎします」と言われたときに初めて我に返り、私は何をしているのだろうと後悔し、電話を切ろうと思ったら、彼の声が聞こえた。どうしよう~と思いつつ、「昨日お会いした者ですけど」と言いかけると、「ああ、話の続きをしたいと思っていたんだよね~」と、彼はそのまま昨日のカフェに戻ったかのように話し始めた。

そして、彼の滞在中に何度か会う機会を持ったのだが、最初に感じた不思議感はずっとつきまとった。こちらの心の中を見られているような、話さなくても通じているような感覚があるのだ。例えば、「スケジュールも詰まってるだろうから、次に会う機会はいつになるかな~」と思い、訊いてみようかな~と頭の中で必死に英作文をして、頭の中でその英文を復唱していたら、「いま、なんて言った?」と訊かれてビックリ。騒々しいイベント会場だったけど、もちろん私は声には出していなかった。それから、一番好きな音楽を訊かれ、これを言うと馬鹿にされるだろうと思いつつ正直に答えると、彼もそれが一番好きだと言うので驚いたことも。(そして、その素晴らしさを語り合った。)

彼の帰国後も何度かハガキや電話のやりとりがあり、海外で会おうと計画を立てていた。ところがある日、夢の中で彼の声が聞こえた。「本当に申し訳ないんだけど、用事が入って、その日程では会えなくなった」と。間違っても英語の夢なんか見たことのない私が、その日ははっきり英語で喋る彼の声が聞こえたのだ。そうしたら、その数日後、急なスケジュールが入ったので、日程変更して欲しいと彼から電話があった。彼にとっては(私が聞いても、すごい!と思う)喜ぶべきスケジュールだった。

ともかくも、前世でなんらかの因縁があったのだろうか…と思う人だったが、同時に「この人と関わると危険に巻き込まれそう」という直感もあり、最終的にその人との縁は消滅した。

その翌年、職場の同僚に無理やり勧められて、高尾学館だったか、算命学の本部のようなところで鑑定してもらった際に、こんなことを言われた。「あなたはねぇ、珍しい星で、今までの人生で辛いこと、まったくなかったでしょう? 大丈夫、これからも、まったくないわよ~。何があっても、辛いと思わない星なのよ~。だから、今のまま、頑張らないで、楽~に生きていっていいのよ。ただし、ひとつだけどうしても頑張って、頑張って、頑張らないと叶わないことがあって、それが結婚。もし結婚したいなら、結婚活動だけは必死で頑張りなさい。あとのことは頑張らなくていいから。本当はね、去年、縁談があったはずよ。でも、それ、断って正解。お互いがどんなに好きで結婚しても、回りから絶対引き離される縁だったから。去年、結婚しないでよかったわよ~。」

結局、私にとっては、前世の因縁よりも、夫と出会って結婚したことの方が奇跡的な出来事なのでした!!!

*近所のわんちゃん。あまりにも気持ちよさそうで。
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魔法の街

晴れて気持ちのいい土曜日。夫はいつも通り出勤し、息子は合唱団の練習に出かけたのに、私の仕事はなかなか進まない。ふぅ。

奇跡話ついでにパリのことを思い出すきょうこの頃。私は、パリを魔法の街と呼んでいた。街の不思議な空気が、日々の暮らしに魔法を呼び込んでいるような気がしたからだ。

そのひとつの例が、広島時代の同級生との再会だ。中高6年間を共に過ごし、仲のよかった友人がいた。東京の同じ大学に進学したので、その後も仲良くしていたのに、ある日、突然、絶交の手紙がきた。もともと、私が彼女にいじられる関係だったので、なんで私の方が絶交を言い渡されたのか、よく飲み込めなかったが、今風に言えば、私のことがうざくなったということだったと思う。

しばらくして、彼女は大学を休学して、ヨーロッパに留学したと風の便りに聞いた。その後、広島時代の同級生に聞いても、彼女と連絡をとりあっている人はいなかった。

それから7年後、私はパリに暮らしていた。その日の朝はすぐ近所の銀行まで支払いに行くため、化粧もせず、どうでもいい格好で外に出た。路地の角まで来たところで、アジア系の美女が表通りをさっそうと歩いて行く姿が見えた。きれいな人だなと思いつつ、どこかで見たような…。もしかして、7年前に絶交された親友かも…。

確かめたいと思いつつ、万一、本当に彼女だったとしても、絶交を言い渡された身としては、無視されるだけかも…と不安がよぎる。でも、やっぱり声をかけなきゃ。と思い切って、後ろからその女性を追いかけ、「すいません!」と日本語で声をかけた。

女性は振り返って私を見ると、驚いた顔で私の名前を叫んだ。次いで、「なんで、ここにおるん!?」とお互い、訊いていた。私が留学中であることを告げると、彼女もイギリスに留学していたという。その留学期間を終え、日本に帰る前に何日かパリに立ち寄り、まさにその日の夕方、成田行きの飛行機に乗るのだと。

結局、お互いの用事を終えて、その日の午後、改めて会う約束をした。そこで互いの7年間の出来事を話し、またの再会を約束して、私は彼女を見送った。手を振る彼女の目は、涙でうるんでいた。

これを機に、私たちはまた連絡をとりあうようになり、私の帰国後も東京で親しくつきあっていた。けれど、彼女も海外を行ったり来たり、私も中国に留学してしまったりで、今はまた連絡が途絶えている。

次の魔法を心待ちにしているのだけど、パリに行かないと、無理かしら!?

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