ハリウッドの思い出(これもシンプルマインズ絡み)

もう30年以上前の私の「アメリカ・カナダを回る大学卒業旅行」の出発点は、ロサンジェルスだった。当時、ロサンジェルスにペンパルがいるにはいたが、それほど親しくなかったので、泊めてもらうことは考えていなかった。その頃、東京に住んでいたユダヤ系アメリカ人の友人(そもそもはユダヤ系カナダ人の友人の紹介で知り合ったのだが)がロサンジェルス出身だったので、ロサンジェルスの友人宅に私が泊めてもらえるよう手配してくれた。私の到着時に空港まで迎えに来てくれると聞いていたのだが、いざ到着してみると、迎えはおらず、しかもスーツケースも出てこない。間違えて別の空港に行ったみたいだから、みつかったら連絡すると言われ、宿泊先の住所を知らせ、航空会社のお泊りセットをもらって、ひとり空港を出た。

宿泊先の住所(ハリウッドのどこか)は持っていたので、そちら方面に行くバスに乗った。大柄の黒人の運転手さんに行き先を言って、それらしいところで降りて、だだっ広い道路を渡り、なんとか目的の家をみつけた。今思うと、よく見つけられたな~と感心するけど、よく考えたら、スーツケースが行方不明になって助かったのだ。もし大きなスーツケースを引きずりながら移動していたら、大変だったはずだし、下手すると泥棒に狙われたかも知れない。(スーツケースはその翌日だったか、航空会社が届けてくれた。間違えてラスベガスまで行っていたらしい。)

到着した家の呼び鈴を押すと、感じのいい小柄の女性が出てきた。空港に迎えに来るはずだった東京の友人の友人は留守で、彼女によると、「彼はいい加減だから…」とのこと。そのシェアハウスには3人の住人がいて、もうひとりはBBC記者のイギリス人で、取材で留守にしている間、彼の部屋を使っていいということだった。赤の他人の部屋を留守中に使っていいのか、少し気が引けたが、趣味のいい居心地のいい部屋で、なんと赤いウォーターベッドがあった。ウォーターベッドに寝るのは初めてで、とても不思議な体験だった。

結局、車もないので、ろくな観光もできず、家でのんびりしていたのだが、共用のトイレにシンプルマインズのボーカル、ジム・カーのモノクロ写真が飾ってあるのを発見。先ほどの女性に、「あのジム・カーの写真、素敵ですね」と話したら、あれは自分が撮影したのだと喜んで話し始めた。彼女はしばらくジム・カーと付き合っていたという。私はシンプルマインズが大好きだったので、興味津々で彼女の話に耳を傾けた。

それをきっかけに私たちは仲良くなり、当時、定職に就いていなかった彼女が車で私をあちこちに案内してくれた。あのハリウッドグリフィス天文台や夜のライヴハウスにも。彼女は戦時中にドイツからアメリカに渡った映画監督のお父さんと、イタリアからアメリカに渡ったお母さんの下、ハリウッド近辺で生まれ育ったそうだ。今でも忘れられないお父さんからの誕生日プレゼントは、ポニーだったという。

その後、彼女は音楽を志してロンドンに渡り、イギリス人の彼と結婚し、今もロンドンに暮らしている。そもそもハリウッドの家を紹介してくれた友人とは、いつのまにか音信不通になったけれど、この彼女と私は今も友達だ。彼女がロンドンに渡って以降、何度もロンドンの家に泊めてもらった。あの時、シンプルマインズの話をしなかったら、この友情も芽生えていなかったかも知れない。

ちなみに、私がハリウッドのその家を離れる時、彼女が私のために大音量でシンプルマインズの曲を流してくれたことが忘れられない。(↓私が一番好きだった曲『さらば夏の日』)


Someone Somewhere in Summertime by Simple Minds
(アルバム『New Gold Dream(81-82-83-84)』も傑作! 邦題も『黄金伝説』と洒落ていた!!)

同性婚をしたアメリカのペンパル

ユーレイルパスでのヨーロッパ旅行に続き、私は大学の卒業旅行としてアメリカ・カナダを回った。今度は航空会社の乗り放題パスを使った。空席があれば、その航空会社のどの便にも乗れるというパスだ。満席の場合は、次の便を待つしかないのだけど。そしてヨーロッパの時と同じように、また高校時代からのペンパルを訪ね歩いたのだが、その中のひとりに同い年のデイサという女性がいた。金髪でブルーの瞳の美しい女性で、かつては南部の大都市で暮らしていたが、その頃には南部の中都市の実家に戻り、母親と継父と暮らしていた。

私は彼女の家に一週間ほど泊まらせてもらったのだが、彼女には年上の親友R(女性)がいて、どこかに出かける時は必ずRも同行した。両親と暮らすRの家にも、しょっちゅう行って、長い時間を過ごした。私はなんの違和感もなく、デイサの家族ともRの家族とも接していたが、今でも悔やんでいることがひとつある。それはRの父親が見せてくれた旧日本兵が持っていた英語の辞典。その辞典をどうやって手に入れたか、経緯も聞いたはずだけど、うろ覚えで思い出せない。とにかく私はその辞典に目を奪われた。そこには万年筆で名前が書かれ、持ち主と思われる日本兵の写真もあったからだ。恐らく戦死したと思われるこの日本兵の家族がこの辞典を見たら、喜ぶに違いない。これは、この人の家族に戻してあげるべきだと思ったけれど、いろいろなアンティークと共にこの辞典を嬉しそうに見せてくれたRの父親に、私はそんなことは言い出せなかった。「この辞典を持ち主に返したい」という言葉が出てこないだろうかと、密かに願っていたのだけど。

私が帰国してしばらくしてから、デイサは大学に入り直し、教師の資格をとった。そして南部の大都市の高校に職を得て、Rと共にその大都市に引っ越して新生活を始めた。デイサは、その後、高校教師の団体の研修旅行で念願の来日を果たし、数日間、京都を訪れた際に我が家にも泊まってくれた。その際、いろいろ話を聞いてみると、南部の大都市でついに家を買い、彼女が住宅ローンを払い、Rが主婦として家を守っているということだった。その時ようやく私は、デイサとRは同性カップルだったのだと確信が持てた。京都の街で偶然出会った知り合いのオーストラリア人が、彼女と英語で会話をしたあと、「彼女の使う語彙などからして、彼女はきっとゲイだね」と私に教えてくれたのだが、彼が一瞬で気づいたことに、私は20年近く気づかなかったのだ!!

現在、アメリカではすべての州で同性婚が認められているそうだが、数年前にデイサとRは正式に結婚した。(とフェイスブックで見た。)デイサは今も高校教師として働き、Rも主婦&アーティストとして暮らしている。デイサの継父は亡くなり、年老いた実母が今では大都市の彼女の家に引っ越して、一緒に暮らしている。女3人の生活、楽しそうだ。

初めてのアメリカ旅行で、デイサと過ごした時間を今しみじみと思い出す。日本好きの彼女が連れて行ってくれた日本レストランが、あまりに日本らしくなくて違和感だらけで苦笑してしまったこと。それから、週末の夜に、デイサとRと3人でドライブインシアターに行ったこと。私はこれを一度やってみたかったのだ。その時に見たのは、アメリカの高校の生徒間カーストを描いた『ブレックファースト・クラブ』。この映画の挿入歌『Don’t You』で、シンプルマインズはアメリカでブレイクすることに…。ああ、なんて懐かしい!!

Don’t you forget about me…


*このシンプルマインズのPVに映画『ブレックファーストクラブ』のシーンが少し出てくる!

おっさんずラブ(私の職場編2)

おっさんずラブ』、最終回、見ました。やっぱりね、という終わり方でしたが、こういう終わりじゃないと納得できないよね、きっと。

最終回でおっさん(部長)が春田の上海転勤についていこうとしていたけれど、実は私のかつての職場でも同じようなことがありました。先日、ブログに書いた最初の職場ではなく、その後の転職先でのこと。ここも外資系だったので、トップはたいてい英語圏の外国人。私が転職した頃、新たなトップが日本に赴任してきたのですが、彼には男性パートナーがいたのです。母国では妻も幼い息子もいたのに、カミングアウトして離婚。東京赴任に際しては、新たな男性パートナーにフライトアテンダントの仕事を休職してもらい、息子さんと3人で来日したと聞きました。ということは、男3人で暮らしていたのか!?

ちなみに、男性パートナーは職場の日本人スタッフのための英語教師として雇われているという話でしたが、実際に英語レッスンをしている気配はなかったような…。「お昼になると、ふたりで向かい合ってサンドイッチとか食べていて、目のやり場に困るわ~」と、ガラス張りのオフィスで働く秘書の方がこぼしておられました。

バブリーな時代の外資系企業だったので、年末には東京湾クルーズをしながらの船上パーティが開かれ、我らがボスは「来年も一緒にがんばりましょう!」と挨拶してシャンペンで乾杯をしたのですが、その後、彼が日本に戻ってくることはありませんでした。年明け早々、会社を辞めたと聞いてびっくり。母国では、別れた妻と子供の親権を争って裁判をしているという話だったので、いろいろと事情があったのでしょうが。

そうそう、最初の丸の内の職場のイギリス人幹部にも、「おっさんずラブ」の人はいたそうです。昔、私が見ていたNHK教育の英会話番組に出ていたイギリス人もそのひとり。そもそもはその会社の東京支店に転勤になったために来日し、日本を気に入ったので、その後、会社を辞めて日本に残ったのだとか。私が働いていた時も、たまにその人がオフィスに姿を見せることがあり、「あ、テレビで見ていた、あの人だ!」と懐かしかったのですが、歩く姿がまさに「オネエ」そのものでびっくり。テレビでは座ってお話するだけだから、わからなかったのでした。

それから、イギリスの本社からやってきたお偉いさんも「おっさんずラブ」でした。当時80代くらいのご高齢で、帝国ホテルから丸の内のオフィスまでリムジンで乗り付けて、そばには若い金髪の美青年が付き人として寄り添っていました。英国映画『アナザーカントリー』を見てコリン・ファースのファンになった私は、パブリックスクール後の「おっさんずラブ」の世界を垣間見た気分でした。

意外と多い「おっさんずラブ」。海外では特に、よくあることなのかも知れません。

おっさんずラブ(私の職場編)

昨夜、帰宅した夫が「『おっさんずラブ』がクランクアップしたらしいね」と言うので、「きょうラジオで2回も『おっさんずラブ』の話題が出てたよ。すごい人気なんだね」と答えたら、夫の職場の女性陣の間でも話題沸騰なのだとか。クランクアップのニュースをその時は聞き流してしまった私。その直後に、このドラマを薦めてくれた友人から「今週の土曜日が最終回だから」と聞いて、が~ん。私はこのドラマの大部分を見逃しているということではないか!!

ところで、この『おっさんずラブ』は現実にはなかなか遭遇しないシュールな物語だから、面白いのだろうか!? それともLGBTの存在も認知され、権利も認められつつある現在だからこそ、受け入れられているのだろうか!?

そこで思い出すのが、私が大学を卒業して最初に就職した英国系の会社。オフィスは丸の内のど真ん中だった。(そう、私は丸の内のOLだったのだ!)壁にはエリザベス女王の肖像画が飾られ、制服はないけれど、女性社員はスカート着用を決められていて、外資系にしては古臭い、大英帝国の名残のような会社だった。幹部のイギリス人も、いかにもイギリス紳士という雰囲気の方が多かったように思う。

それでも、そこはやはり外資系。私がそこに就職を決めたのは、イギリス人との面接の際に「東京でひとり暮らし」をしている点を、「インディペンデントでよろしい」と評価してくれたからだ。当時は、特に大企業などの就職に際して、女性は親元に暮らしていなければダメという条件がついたりしていたのだ。

実際に就職してみると、その会社は外資系とはいえ、昔ながらののんびりした日本の中小企業の雰囲気が漂っていた。「外資系」と聞いて想像する「バリバリ感」のない会社で、先輩方も厳しい人はほとんど皆無。私にとっては居心地がよかった。そんな職場で、特に目を引く男性社員がいた。てきぱきと仕事をしていて、年は私よりだいぶ上と思われるけれど、役職はなく、いつも明るく大きな高めの声で話していて、それがまた女性言葉だったのだ。服装もほかの男性陣と違い、チェック柄のシャツやブレザージャケットだったり。女性の中にひとり混じっても、まったく違和感ない存在で、しかも男性から嫌がられることもなく、みんなのアイドル的な存在だった。先輩女性によると、彼は歌手を目指して上京し、デビュー直前までいったものの夢破れ(?)、会社員生活をしているのだという。ずっと前から歌舞伎町に暮らし、自宅に遊びに行った彼女によると、部屋の中にはスポットライトが設置してあるのだとか。

その彼の歌う姿、一度見てみたいと思っていたら、その機会はちゃんとあった。外資系にも関わらず、毎年行われる社員旅行の宴会のトリは彼が務めることに決まっていたのだ。そのため、社員旅行の幹事には毎年、「スポットライトのある舞台付きの宴会場」がある旅館を選ぶよう申し送りがされていた。旅行当日は、入念な化粧をして、歌舞伎町のゲイバー勤めのお友達から借りたという衣装を着て、彼はステージに立って熱唱した。スポットライトを浴びて。

それを見て、私たちの上司であるイギリス人のおっさんたちは、酔っ払って、浴衣をはだけただらしない姿で、紙テープ(←死語?)の代わりにトイレットペーパーを投げたりして、大喜びするのであった。普段はスーツをかっちり着ているイギリス紳士の豹変ぶりも、これまた見物だった。

いま思うと、かなり楽しい職場だったなぁとしみじみ。『おっさんずラブ』、最終回、楽しみだ。

『おっさんずラブ』ってほんとに人気なのね

私の尊敬する友人がいる。芸術に造詣が深い人なのだが、幅広い教養があり、驚くべきは「なんだそれ?」というくだらない知識も豊富なのだ。漫画も詳しいようだけど、「いったいどこにそんな時間があるのだ?」と思うほど、数々の海外ドラマも見ている。海外ドラマ好きの私は、彼女のお薦め情報を参考にすることが多い。

その彼女と先週、話した際に、「おっさんずラブ、今期、地上波でイチオシよ」と言われたので、早速録画してみた。テロ朝、あ、失礼、テレ朝の土曜ナイトドラマらしい。先週の土曜はすでに第6回。「こんな途中から見ても、面白いかなぁ…!?」と一抹の不安を覚え、なんとなく後回しにしていて、昨夜ようやく見てみたのだが…。

面白かった、ほんとに。笑えた、笑えた。「気持ち悪い!」とか言いながら。しかも、おホモ系は嫌いなはずの夫も、パソコンに向かっていたはずなのに、笑っていた。さすが、友人のお薦めだ。日本のドラマでこんなに楽しめたのは、久しぶりだわ。

で、今朝、車を定期点検に持っていき、代車で帰宅したのだが、FMがセットしてあったので、普段は聞かないFMをそのまま流していたら、「おっさんずラブ」が話題にのぼっていた。「へぇ~、やっぱり人気なんだ~」と感心。

そして午後、代車で再びカーディーラーに向かったら、またもFMで「おっさんずラブ」の話をしていた。「いやぁ、ほんとうに人気なんだ」と納得。もちろん、私も毎週録画にしておりますよ。ふふふ。

*ちなみに牧稜太役の林遣都君は比叡山高校出身だ!

NCISはファミリードラマ

我が家は昔から、基本的に朝ご飯と晩ご飯は家族3人で食べている。子供が中学に入って以降だろうか、いつのまにか夕飯時には、録画している1時間ドラマを一緒に見るのが習慣となっているのだが、3人共通で楽しめる英米のドラマを見ることが多い。今まで我が家で人気だったのは、『BONES』、『ホワイトカラー』、『スーツ』(ハリー王子と結婚したメーガン・マークルも出演)、『シャーロック』など。最近では『ツインピークス』や『スニッファー ウクライナの私立探偵』が好評だった。

けれど、我が家でダントツの人気ドラマシリーズといえば、『NCIS~ネイビー犯罪捜査班~』。アメリカ、ワシントンDCにある海軍犯罪捜査局を舞台とした一話完結のクライムドラマ。私はそんなに入れ込むほどではなく、夫と息子がえらく気に入っていて、なにがそこまでいいのだろうとずっと思っていたのだが…。

最近になって久しぶりにまた『NCIS』を見始めたところ、遠くにいた家族に再会したような喜びで妙に心が温かくなり、私もかなり『NCIS』にやられていることを実感。FOXで現在、シーズン15を放送中だが、我が家はまだシーズン14を見ている最中。ずっと前に録画してそのままになっていたものを、満を持して毎晩、3人で鑑賞しているのだ。

シーズン14ともなると、私たち、視聴者にとっても番組のキャラクターは長年、付き合ってきた友人のような存在になっている。そもそも、ボスのギブスを中心とした捜査班は「チーム」というより「ファミリー」なのだ。(実際、ドラマのセリフでもファミリーと言っている。)それぞれ個性のあるキャラたちの過去のトラウマなども、ファミリーは(そして視聴者も)知り尽くしていて、その都度、互いに助け合い、絆を深めていく。だから、視聴者にとっても彼らは愛おしいファミリーのような存在になっているのだ。

もちろん、長年の間にはメンバーの移り変わりもあるので、いくつもの別れや悲しい出来事もある。さらに、毎回、悲惨な事件が起こるのに、それでも最後にはジョークを言ったり、おちゃらけてしまうアメリカ的な明るさに救われることも多い。「なんだかんだ言って、アメリカ人って明るくて強いな~、前向きだな~」と感心する。

そしてもうひとつ感心するのは、このドラマがある意味、海軍の宣伝番組にもなっていること。軍関連の制度やサービスなどの広報、あるいは一般的な啓蒙を兼ねた内容になっていたり、クリスマスやその他の折に触れて、「国のために戦っている皆さん」への感謝のメッセージを発信している。日本人である私はその都度、新鮮な感動を覚えるのだが、よく考えればこれ、当たり前のことなのだろう。

ロシアでは5月9日の戦勝記念日がもっとも重要な祝日で、若者が第二次世界大戦を経験したお年寄りたちに、「国のために戦ってくれてありがとう」とお礼を言うと聞いたことがある。ひるがえって日本はどうなのか…考えさせらる。

Once a Marine, Always a Marine.


↑これは琵琶湖のクルーズ船

*関連記事『NCIS~ネイビー犯罪捜査班

今森光彦『オーレリアンの庭』のシンクロニシティ

いつもは5時半起きだけど、きょうはお休みなので朝寝坊した。朝食の用意をしてテレビをつけたら、NHK今森光彦氏の『オーレリアンの庭』という番組が始まり、その心癒される映像に魅せられ、ずっと見入ってしまった。

今森光彦氏は、琵琶湖を臨む里山にアトリエを構える写真家として有名だ。そのアトリエは、たぶん私の大好きなドライブコースのあの辺りにあるんだろうな~と前から思っていたのだが、この番組ではそのアトリエを囲むお庭の四季をあますことなく見せてくれた。『オーレリアン』とは『蝶を愛する人』という意味だとか。今森氏は大好きな(やその他のいきもの)が集まるよう、庭にいろんな工夫を施している。番組の中では特に黒いアゲハチョウが舞っているシーンが印象的だった。

今森氏があちこちに手を入れて作った里山の環境…自然の色彩があまりに美しくて、心が癒されたのだが、その後、ふと外を見たら、我が家の庭にも黒いアゲハチョウが舞っているではないか!! 今年、黒アゲハを見るのは初めてだったので、思わず外に出て写真を撮っていたら、もう一羽、黒アゲハが飛んできた。それから白い蝶も! なんだか嬉しいシンクロニシティ!!

草ぼうぼうになってしまった我が家の庭も、自然のままだからこそ(!?)いろんな生き物が来てくれるのか!? 私も心癒すお庭を作りたいものだわ。

大紅袍(だいこうほう)とスニッファー、ウクライナの私立探偵

とうとう見終わりました。『スニッファー ウクライナの私立探偵』のシーズン2。
紅茶党スニッファーは、以前も捜査の一環で日本茶を嗅ぎ分け、「東京」というあやしい日本レストランに行き、フグを食べたりしていたんですが、シーズン2の終盤では自宅で元妻に中国茶をふるまっていました。そして、そのお茶は茶木が6本しかないといわれる大紅袍(だいこうほう)だと説明。

「あれ、なんか聞いたことあるぞ!?」と思い、よく考えたら…。

今月初め、紫禁城から移築したお堂(?)での中国茶お茶会なるものに出席するという機会があったのです。中国のお茶はおろか、歴史その他についてもまったく詳しくないのですが、滅多にない機会だからと、誘われるまま喜んで出かけたところ、それはそれは夢のようなひとときでした。ちょうど桜も満開で、幸運に幸運が重なったような一日だったのですが、そこでいただいたお茶が「大紅袍」だったのです。

かつては皇帝専用茶として献上されていたという高級茶。病気の皇帝(あるいは皇后という説も)がこのお茶を飲んだところ、たちどころに病が治ったので、まとっていた赤いマントを茶木にかけたことから「大紅袍」の名がついたとか。
原木は武夷山の岩に生える3本のみ(スニッファーは6本と言ってたけど)。現在は原木を接木(そこからまた接木…)した茶木から生産されているそうですが、生産量はごくわずかだそう。

大紅袍」の名前の由来は、お茶会で説明していただいたけど、こんな希少な高級茶であったとは知りませんでした。これもスニッファーのおかげ。まさに、あの紫禁城の建物にぴったりのお茶だったのだなぁと改めて感動。高貴な香りのする、まろやかな甘味のあるお茶でした。本当にすばらしい機会を得たことに大感謝。

武夷岩茶大紅袍」と桜のお菓子(by 銀座・揚州名菜 秦准春

スニッファー ウクライナの私立探偵

昨日は「」のお話だったので、きょうは「」のお話。

AXNミステリーで以前から何度も放送されてきた『スニッファー ウクライナの私立探偵』を今、ようやく見ている。正直言うと、今までは宣伝を見ても興味をそそられなかったのだが、何度も再放送をしている(ような気がする)し、NHKでもリメイクされたドラマが人気みたいだし、これは本当に面白いドラマなのかも…と思うに至ったのだ。

なぜ今まで避けてきたかと言えば、基本的には英語のドラマの方が好きというのがひとつ。字幕を見ながら英語のセリフを聞くのは勉強になるし、英語の響き自体が心地よい。もちろんフランス語やその他の言語のドラマを時々見るのも楽しいのだが、ウクライナは今までまったく縁がない国なので特に関心がもてなかった。それから、これは私の勝手な偏見だけど、東欧のドラマは暗そう…というイメージがあった。

今までAXNミステリーで、アイスランドフィンランドスイスドイツのドラマも見たけれど、どれもアメリカのドラマのような明るさはなかった。しかし、それよりもさらに暗かったのは、ポーランドチェコのドラマだった。いや、別に暗くてもいいんだけどね。ストーリーは面白かったし、景色もよかったし、俳優さんも上手だったし、歴史や文化が感じられて深みのある内容だったけど、重苦しい雰囲気と、あまりにシリアスなテーマに見ている側も心が重くなった…。戦争共産党時代の暗い影、そして民族の歴史…。どちらも現代のドラマだったのに、過去の呪縛から抜けられない息苦しさを、見ている私まで味わってしまったのだ。

そしてアメリカのドラマとの大きな違いは、なんといっても会話の少なさ。しかもジョークがない! いや、ジョークもどきはたまにあるけど、私からすると「これがジョーク!?」という信じられないレベルだったり。でも嫌いじゃない、こういうドラマも。人間味を感じるし。ただヘヴィーだから、心の準備をしてから見たいというか、見る時を選んでしまう。

そんなわけで敬遠していたウクライナのドラマだけど、ついに一挙放送を録画して、まもなくシーズン2を見終わるところ。で、宣伝の通り、このドラマ、とっても面白い! 各国で放送され、リメイク続出というのも納得。ストーリーは、嗅覚が異常に発達している通称スニッファー(本名は不明)という私立探偵が、特別捜査官のビクトルに協力して事件を捜査して解決に導くというものなのだけど、各エピソードにタイトルはないし、舞台はどこなのか、主人公たちはどういう人なのか、細かい情報は一切なし。

ウクライナについて何も知らない私は、スニッファーが住んでいる都市がキエフなのかすら、わからない。でも、よく聞くと、「スパシーバ」と言ってるような。で、調べてみると、このドラマはロシア語で制作されていた! ロシアドイツの政府間で絵画の引渡しをするエピソードがあったので、舞台は一応、ロシアなのだろうか!? スニッファーの相棒のビクトルも、最初は警察の刑事かと思っていたら、肩書きが「大佐」で、所属も普通の警察とは違う捜査機関のようなのだが、そもそもの前提知識がないのでよくわからない。

スニッファー自身は(おそらく)その嗅覚のおかげで大金持ちとなっていて、高級外車に乗り、豪華マンションにひとりで住んでいるのだけど、その住まいも、そして別れた妻の住まいも、そしてビクトルのオフィスも、どれもえらくモダンでしかも無機質きわまりない。生活感のない不思議な空間なのだ。なのに、たまに出てくる軍の施設などは老朽化して、ぼろぼろで、旧ソ連時代を彷彿とさせる。

この不思議な雰囲気はウクライナならではの世界なのだろうか!? 事件はかなり残忍で悲惨だったりして、さすが旧ソ連というヤバさなのに、ドラマ自体は暗くなっていないのが、これまた不思議。登場人物のキャラクターに救われているのだろうか。あくまで冷静で、面白みのないタイプのスニッファーと、女好きでちょっとだけ軽薄な、でもめちゃくちゃ強そうなビクトルの正反対コンビがなんとも言えない。めちゃ仲がいいわけではないのに、お互いを尊重していて、信頼しているのが伝わってくる。ベタベタしないけど、仲がいい。距離を置いてるけど、信頼しているという人間関係が、まさにこの無機質な空間にマッチしている。

気がついたら、決して美男ではないビクトルウィンク姿を愛らしいと感じ、スニッファーとほほな表情に心安らぐ私がいた。なんだ、魅了されているではないか。それが証拠に、ドラマのテーマ曲が頭にこびりつき、「うーふー!」と叫んでいたりする。ヤバい、ヤバい。でも、これ、見て損はないですよ。

ちなみにウクライナのことが気になって調べてみたら、ウクライナ語ロシア語はよく似た言語で(オランダ語ドイツ語のように)、ウクライナの人はロシア語も普通に話すらしい。(旧ソ連なのだから当然だけど)。ロシア人も、ウクライナ語は話せなくても、聞けばかなり理解できるようだ。ウクライナ独立後は、ウクライナ語が公用語となったが、ウクライナ人であってもいまだに家の中でもロシア語を使う人は多いそうだ。(それだけロシアの影響が大きいのね。)なので、特に若い人の間では、愛国心が強くても、ウクライナ語が苦手という人たちもいるらしい。(けっこう複雑。)このドラマを見ながら、息子が「ロシアの起源は実はウクライナだからね」と教えてくれた。いまのロシアウクライナベラルーシにまたがるキエフ公国キエフ・ルーシ)がロシアの始まりだと。なるほど、複雑なわけだ…。

ドラマがきっかけで、いろいろ勉強したくなるきょうこの頃。うーふー!

本屋閉店…どうすりゃいいの!?

かつて山奥の過疎地に暮らしていた頃、街の書店に行くことが我が家の楽しみでした。本屋に行くことが、ほとんど休日のイベントと化していました。夫も私も息子も本屋が大好きで、街に出かけるときは、出来る限り本屋に立ち寄ったものです。本好きの息子は、近くの町の図書館に連れて行ってもあまり喜ばず、理由を聞くと、「人の触った古い本は嫌だ…」と贅沢なことを言っておりました。(そのくせ、中学以降は学校の図書館に入り浸っているのですが。同じ学校の人たちが触ったものはOKなのでしょうか。)でも、その気持ちはわかります。本屋に入った時に感じる「新しい本の匂い」が好きなんでしょうね。夫にいたっては、新しい本の匂い(インクの匂いらしいですが)を嗅ぐともよおすらしいです。(どっちを!?)なので、本屋に行くと、夫はよくトイレに消えていくのです。

その後、我が家は町の住宅地に引っ越しましたが、相変わらず家族で本屋に出かけるのは大きな楽しみでした。しょっちゅうアマゾンで本を買っていても、やはり書店で本を手にとってみるのは楽しい時間です。書店で偶然みかけた本が、自分にとって大切な本になることも多々あるのです。以前、面白そうだなと思ったのに、「また次の機会に買おう」と思って買わずに帰った本が、次の機会にはもうなくなっていた…ということがありました。それ以来、そのとき出合った面白そうな本は、なるべくその場で買うようにしています。

私が「引き寄せの法則」に興味を持つきっかけとなったのは、2014年に『こうして、思考は現実になる』(パム・グラウト著)を読んだことでした。この本の新聞広告を何度も見て興味をそそられ、アマゾンで購入して読んだあとに、自分でも思考現実化実験をしてみたら、ぴったり一ヶ月後に「理想の家」をゲット! 以来、この実験にはまっているのですが、それはこの本を読んだ直後に、『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』を読んで、妙に納得してしまったからなのです。『こうして、思考は現実になる』は、軽い気持ちで、騙されたと思ってゲーム感覚で実践してみたのですが、エイブラハムの本はそのゲームの仕組みを解き明かしてくれたのです。といっても、一度ですんなり理解できず、ことあるごとに読み返しては理解の度合いが深まっていく感じです。

実はこの本、車で移動中にたまに立ち寄る書店でみつけました。シリーズ本が3冊、棚に並んでいたのですが、最初はちらっと立ち読みしただけで購入しませんでした。あやしさ全開のスピリチュアル系の本に思えたので、レジまで持っていく勇気がなかったのです。しかもわりと分厚くて値段も高めだったので躊躇した・・・というのもあります。

その後、その書店に立ち寄るたびに、「エイブラハム」の本があるかどうかをチェックしては、買わずに帰る…ということを何度か繰り返していたのですが、ある日、とうとう最初の1冊を買って帰ったのです。「きょう、あの本屋にまだエイブラハムの本があったら、買って帰ろう!」と心に決めていたからです。そして、その1冊に納得してしまった私は、その次に2冊目、その次に3冊目と、その書店に並んでいたシリーズ本3冊すべてを購入していました。その後、エイブラハムの本が補充されることはなく、今に至ります。

今ではこの本屋、我が家が一番よく通う本屋さんとなったのですが、先月、お店で衝撃の貼紙を目にしました。なんと、今月でこの本屋さん、閉店するのだそうです。が~ん!!! 

ただでさえ、この辺りは本屋が少なくて、せっかくできた大型書店もいつのまにか規模を縮小したり、撤退したり…。そんな状況でも、この本屋さんは独自路線で頑張っているなぁと思っていたのに。それだけ本は売れなくなっているということでしょうか。

私をエイブラハムに引き合わせてくれた書店がなくなってしまうとは…寂しい限り。こうやって時代は移り変っていくのですね。
さてさて、私もそろそろ本気でなにかを引き寄せなければ。