住民運動を報じてくれるメディア探し

この地域の問題について報じてくれるメディアはないかと、随時、情報を流しているのだが、正統派や大手のメディアで興味を持ってくれるところは殆どない。私がコンタクトをとれているのは、かなり特殊なところなのかも知れない。

そのうちのひとつから、きょう久々に連絡が入った。もしかして記事になるか、編集会議にかけてみるとのこと。望みは薄いかも知れないけど。

と思ったら、ほぼ同時に別のメディアから連絡が入った。先日の取材記事が出来上がったらしい。早速、見せてもらったら、さすが裏メディアじゃなければ、ここまで書けない・・・という内容。でも裏メディアだけに、どれだけの目に触れるだろう? いや、活字になったことに意義があるのだけど。

引き続き、めげずに頑張ろう。

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近所に広がる友達の輪

金曜の飲み会の参加メンバーに、とてもしっかりした(私より)若い女性がいた。まだ小さい子供さんを連れて会議に参加しながら、その場で議事録を作成したり、パソコンを駆使していろいろな文書を作成したり、まさに「仕事がデキる女」。実際、フルタイムでお仕事をされているキャリアウーマンのようだ。先日の会合ではピアノ伴奏を担当され、「なんでもデキる女」なのだと感心したばかり。

その彼女が金曜の飲み会で、突然、私にこう言った。「厚子さんて、どうしてそんなこといろいろ知ってるんですか?」(それまで私がいろいろ喋っていたのだ)。「この間から私、ずっと厚子さんにすっごく興味があって、お近づきになりたかったんです!」

え!? 私、彼女と話したこと殆どないし、彼女の前で喋ったことも殆どないはずだし、どこで興味を持たれたんだろう?

それでいろいろ話が始まり、昔、私が小さな(?)出版社に勤務していたと話したら、彼女はそこの雑誌の大ファンだったそうで、「ええ~!」と大騒ぎ。いやぁ、こんなこともあるのだわ。私が雑誌を作ってたわけでもないのに、えらく感動されてしまった・・・。

これ以外にも、ご近所さんの意外な情報がいくつか耳に入り、世間って面白いものだとつくづく。

きょうは夫が職場から小松菜を一ケースもらってきたので、金曜の飲み会のメンバーを中心にみんなに配って回りました。こうやって、知り合いの輪が広がっていくのですかね。

*1月23日4時56分をキャプチャー!
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老父が心配だけど・・・

締め切りまでに仕事をすませなければ・・・。
老人ホームに電話して聞いた限りでは、父は順調に快復に向かっているとのこと。しばらくはお粥の生活みたい。

*実家のすぐそば。干潮時には牡蠣が出てくる~。
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彼岸花

仕事の打ち合わせをしようと言われ、大原まで行って来ました。感じのいいレストランがあるから、そこで食事でもしながら・・・と。

ところが、お店がお休みだったので、結局、友人宅でお鍋を囲み、なんだかんだとお喋りをして帰って来ました。あれ、肝心の仕事の話は・・・? ま、あとで電話で話せばいいか。

*大原で彼岸花をみつけ、懐かしい気分。新興住宅地では、みかけません。
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ジャックはまめ~。

先日、我が家ではルパン3世の替え歌で、「ジュバン、ジュバーン!」と歌っている話をしたが、これについては夫から以前、注意を受けた。「あれは、ルパンルパーンではなく、ルパン・ザ・サードと歌っているのだ」と。

そこから話が広がって、ほかにも私が間違って歌っているCMソングがあると指摘を受けた。時たま鼻歌で「エスエスエスエスエスカップ、エスエスエスエスエスカップ」と歌っているが、あれは「勝ちたいときにはエスカップ、エスエスエスエスエスカップ」だと。それから、「ブルブルブルブルブルベリアイアイブルベリアイ」は普通に「ブルーベリーアイ」と歌えばいいのだと。

ええ~、そんなことないよ~とCM論争になり、最終的にYouTubeで検索してみんなで確認した。確かにエスカップは夫の指摘通り。でもブルーベリーアイは、「ブルブルブルブル」と確かに早口で歌っていた。(でも私のも間違い。)

で、つい懐かしくなって、昔、大好きだった豆スナック菓子「ジャック」のCM映像を探したら、みつかった。このCMシリーズ、私は大好きだったのだが、中でもこの映像の一番最後のバージョンが大好きで、当時の職場で、「ジャックは豆、まめ~! 豆はえんどう豆、まめ~!」と振りをつけて歌っていた。

当時、私は外資系の証券会社に勤務していたのだが、その頃、出張で大阪にしばらく滞在した。大阪証券取引所に上場されている先物の取引をするためで、東京のオフィスと直通回線を結び、必要であればマイクとスピーカーで東京と話ができるようになっていた。大引け後は東京の同僚と楽しく雑談をしていたのだが、ある日、東京の同僚がいきなり、「ジャックは豆」と歌いかけた。すかさず私が、「まめ~~!」と返すと、東京の同僚が焦っている。なんとスピーカーが全開のままで、場が引けてしーんとしていた東京のオフィス中に、私の「まめ~~」の声が響き渡ったらしい。

そんな思い出もあって、今見ても、このCM、笑えるのだ。

悪気のない人(Part3)

そもそもこのブログは、遠方の友人たちへの近況報告と自分へのちょっとしたチャレンジ(毎日、続けられるか)を兼ねて始めたはずなのに、最近は怒りや愚痴を吐き出す場所になることが多くて、反省している。ま、ボケ防止の目的もあるので、溜め込むよりは吐き出した方がいいかなと自己弁護して、またぼやいてしまおう。

このところ住民運動も大変になっているし(私は実質、たいしたお手伝いはしていないけど、経過は気になるし、中心になって活動されている方々も疲労がたまっているのではないかと心配になる)、いくつか小さい仕事が重なって、わりと忙しく過ごしていた。

そんなもんで、おととい苦手な編集者から電話が入ったときは、ぎょっとしたのだけど、用件は先日の仕事のギャラのお知らせ。ほっとしたのもつかの間、夕方、その人からメールが来た。それを見て、今度はほんとにぎょっとなった。「追加の仕事をお願いします。締め切りはあさってです」という内容。

この人、なんで苦手かって、人を馬鹿にしたような行動が多いからだ。話し方は丁寧だけど、仕事の進め方がいけない。今回だって、昼間、電話をした相手に急な仕事を頼むことになったら、もう一度電話をしてお願いするのが普通だと思う。急ぎなんだから、相手の都合を確認しておかないと、自分も不安じゃない? それをメール一本で、一方的に仕事を送ってくるなんて。

たぶん、彼女は無理なお願いとわかっていて、私にうまいこと逃げられると困るから、あえてメール一本で仕事を押し付けて、すませたような気がしている。どうしようと思ったけど、仕事はきっちり対応したいので、すぐに返信して、なんとか時間をやりくりして、締め切り日のきょう、納品できた。

しかし・・・彼女と仕事をすると、毎回、嫌な気持ちになる。けれど、彼女に悪気はなさそうなのだ。編集者としてはあり得ない間違いや、単純ミスもしょっちゅう発覚するけど、優秀そうな顔をして、自分の非は(ほとんど)認めない。「それ、悪気、あるじゃない?」と言われそうだが、たぶん彼女はわざとではなく、自然に当たり前に、そういう反応になるんだと思う。本人は意識してないので、悪気もないのだ。

一度だけ、彼女が忙しくて、担当者が別の編集者になったときは、なんの問題もなくスムーズに、気持ちよく仕事が終わったのに。人の違いって大きいのよね。

私も、もっと修行が必要ってことですかね。

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宛名を何度も間違える編集者

先日、愚痴ってしまった仕事の書類が届くことになっていたので、待機していた。大急ぎでチェックして、返送しなくてはいけないからだ。ところが、どうしても午前中に出かけなくてはいけない用事があり、帰宅すると不在メールが! しかし山の集落と違って、この街の住宅地ならすぐに再配送してくれる。と思って連絡したけど、なかなか来ない。あれ? いつもは、連絡するとすぐに来てくれるのに・・・。

その後、業者さんから電話が入り、「あの~、お届け先の住所を確認させていただけますか?」
あれ、もしかして・・・!? ああ、なんと! 急ぎの書類は、山の集落の旧住所宛てになっていたのだ。

実は、私が愚痴ってしまった仕事のお相手は、私が昨夏、この住宅地に引っ越して以降、旧住所宛てに書類等を発送したことが何度もあった。うち一度は、彼女は送ったと言うのだけど、どちらの住所にも届いてなかった・・・なんてことも。(重要書類ではなかったので、問題はなかったけど)。

さすがにこのところは、きちんと新住所に送ってくれていたので、もう間違いはないと思っていたのだけど、こんな急ぎの時に限って!! 私が引っ越したこと、そろそろ覚えてくれよ~と思いつつ、なんとか無事に書類を受け取った。(時間のロスはあったけど・・・)

結局、こう言ってはなんだけど、単に使えない人だったってこと!? そう思ったら、気が楽になった。私がやるべきことは、きちんとやらなきゃ。

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プロ意識

私は一応、翻訳の仕事をしている。かつてバブルの頃、金融関係の職場にいたが、誰かを搾取しているような気分がまとわりつき、誰にも迷惑をかけずに一人でできる仕事はないかと考えた結果、今に至っている。専門の教育を受けたことがなく、実務経験もなかった私が、出版社の翻訳スタッフになれたのは、めちゃくちゃ運がよかったと言うしかない。転職を考えていた頃に、手相観さんから、「『私はきょうから翻訳家』と宣言すれば、あなたはもう翻訳家よ。翻訳家の名刺を作って、みんなに『私は翻訳家よ』と言えばいいだけ」と言われ、その気になっていたせいもあったかも知れない。

その後、フリーになって、今も細々と仕事を続けているけれど、結婚してからは夫という大黒柱がいるので、たいして稼いでいるわけじゃない。それでも東京から離れ、営業活動なしに今までやってこられて、ラッキーだと思っている。翻訳家として成功したいという夢があったわけではない。ただ誠実な仕事をして、食べていけたらいいな・・・という気持ちだった。自分の実力不足、勉強不足はよ~く自覚していたから、「お金をもらって勉強させてもらってるみたい」と感謝していた。

今もその思いは変わらないけど、たまに嫌な思いをすることも、もちろんある。他人を搾取していない代わりに、今度は私が搾取されている気分になることもあるし、「成功した翻訳家」ではないから、バカにされているというか、扱いが悪いこともある。それでも、すべてを謙虚に受け止めようとしてきたのは、何度も言うけど、自分の実力不足、勉強不足を自覚していたから。「私より上手に翻訳できる人は、世の中にたくさんいるにも関わらず、私にこの仕事を与えてくれた」というだけで、相手に感謝できたのだ。(いや、もちろん、人間なので腐って陰で愚痴ったりするんだけど。)

だけど、昨日は編集後の翻訳原稿の校正をしながら、今までにない徒労感に襲われた。こんなの、初めてだ。翻訳した原稿が、紙面や文字数などの関係で編集されることはよくあるのだが、それで嫌な気持ちになったことは今まではなかった。むしろ、プロの編集者の仕事ぶりに感嘆したものだ。たまに文字数とは関係ない修正があると、「こういう表現があったか~」と、自分のつたなさを反省する。単語をひとつ書き替えるだけで、こんなに良くなるんだなと感心すると同時に、あくまでも私の文章を尊重してくれているんだなと身が引き締まる思いがしたり・・・。ところが今回は、なんだか自分で書いたとは思えない文章がたくさんあって、よく読み返したら、やっぱり多くの箇所が書き換えられていた。中には助詞が換えてあるところも。文字数とは関係なく、編集者の好みで換えたのだろうか。けれど、日本語として間違っている箇所がいくつもあるし、前よりよくなっているとは思えない文章が多くて、いったい何のための修正なのか、わからない。

さらには、原文にはなかったパラグラフまで入っている(要するに編集者の作文)。文字数の関係で、削除するのはわかるけど、勝手に新たな文章を入れるなんて。翻訳者の立場として、私は作者の考えをそのまま日本語に置き換えることを目指している。そして、その文章がなるべく自然でなめらかに頭に入る日本語になるよう、努めている。国や文化の違いで、その文章だけではわかりにくい場合は、注釈をつけることもある。だけど、作者の心情を語った部分については、作者以外の人間が余計な説明をつける必要はまったくないし、そんなことをする権利もないと思う。

一応、作者の気持ちになって翻訳していたつもりだから、編集後の原稿を見て、作者の分まで二人分も傷ついてしまった・・・。いったいどういう意図だったのか、編集者によく聞いてみなくては。見方を変えると、この出来事のお陰で私にもやっとプロ意識が芽生えてきたようだ。そういう意味では感謝しなくちゃ。でも、やっぱり愚痴っちゃったよ・・・。

*結婚式のお土産
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スタミナラーメン

ある事情でプロフィール写真が必要となり、デジカメで夫に撮影したもらったのだが、あえなくそれが却下となり(一眼レフじゃないとダメだった)、急遽、知り合いのカメラマンの方に撮影をお願いした。家の中や外、公園などに場所を移し、いろいろ撮っていただいて、とりあえず一番マシなのを選んだのだけど、デブはどっから見てもデブ。私ったら、知らない間に、こんなに太っていたのね~。よ~し、半年から一年のうちにダイエットして、再度撮影して、写真を差し替えてもらうのだと心に誓った・・・。

・・・ものの、夕方は夫の提案で初めてのラーメン屋に行ってしまった。この間から毎晩、寝る前に「うまいラーメン屋」の本をぱらぱらめくっていた夫が、珍しく「ラーメン○○」に行きたいと言い出し、今までラーメン嫌いだった息子まで、「ぼく、ラーメン食べてみていいよ」と言い出したのだ。

しばし外で待たされて、やっとのことで食べたスタミナラーメン! 美味しかった~。息子もラーメン&チャーハンをしっかり食べて満足したよう。新陳代謝の良すぎる夫は、あっというまに頭中から汗が吹き出していた。で、そんなときに、なぜか夫の職場の先輩が入店。きょうも知り合いに出会ってしまった・・・。

で、ダイエットは・・・まだ始まってもいない。

*これはスタミナチャーシュー。唐辛子パウダーで真っ赤っ赤。
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*昨日もデザートを食べたのだった。
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決断のとき

これまで人生の重大局面での決断で迷ったことは殆どない。自分にとって重要なことほど、心の声がはっきり聞こえるというか、迷うまでもなく、最初から心が決まっているのだ。逆に、どうでもいいことについては、妙に迷ってしまう私がいる。たとえば、レストランのメニューで何を選ぶか、前髪をもう少し短くするべきか・・・といったこと。それから、その中間で、わりと大事なことだけど、しゃきっと心が決まらなかったり、自分の下そうとする決断に自信がないときは、少し猶予期間を置くことにしている。たとえば一日くらい。その間に、その決断を下した場合に起こりうる最悪の状況を想定して、「あ、これくらいなら大丈夫」と思えたら、GOサインを出す。

かつて東京の会社に勤めていたとき、ある日、突然、その会社を辞めたいと思った。望んで入った会社だったけど、仕事の内容はともかく、一緒に働く人たちがあまりにネガティブで(全員じゃないけど)、「これはたまらん!」という思いが少しずつたまっていて、とうとうこの日、私の中で「こんなところは、もう嫌だ」という思いがはじけたのだ。ネガティブな気持ちや悪意が私に向けられれば、言い返したり何なりするのだけど、私とは関係ないところで他の人たちにねちねちやってる様子がいつのまにか耳に入ったりするのが、嫌でたまらなくなった。そして、ふと「あ、この会社を辞めたら、こんな思いをしなくていいんだわ。なんで、今まで気づかなかったんだろう?」と思ったら、気持ちがすっきり。「よ~し、社長に話しに行こう!」と思ったのだが、「待てよ、こんな思いつきで会社を辞めて、あとで後悔したらいけないから、きょう一晩考えよう。明日も同じ気持ちだったら、そのとき社長に話しに行こう」と思いとどまった。

その日の帰り道、雑踏の中を歩いていたら、はるか前方から見たことのある人が歩いてきた。何年も前に別れて以来、一度も会ったことのない彼だ。「うわっ、やばい!」と思ったけど、あっちは暗くうつむき加減に歩いていて、まったく私に気づく気配はない。申し訳ないけど、今見ると、なんだか貧相で情けない感じの人だ。その彼には失礼ながら、私は「やっぱり、別れて正解! 私は正しい決断をして、正しい道を歩んでるんだわ~」と納得し、翌日、社長に退職願を出した。

世間は狭いと実感したのは、関西に引っ越して、結婚して子供ができたあとのこと。京都の友人から本をプレゼントされた。著者は、彼女のご主人の親友で、本には彼女のご主人も登場するから読んでみて・・・とのこと。「ええ~、そんな本をもらっても・・・」と思いつつ、ぺらぺらめくっていたら、あとがきにあの貧相な彼の名前が出ているではないか。この本の制作に携わったらしく、あとで聞くと、友人夫婦も出版パーティで彼と知り合ったという。おかげで彼の近況を友人から聞くことになり、まあ、お互い幸せで何より。私の決断が正しかったことを、この目で確認させてくれた彼には、今でも感謝しております。それにしても、人の縁とは不思議なものよ・・・。

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