第25回『お坊さんと話そう』比叡山で行われている密教とは?(2018.09.09.)

前回『天台座主』について伺った際に、密教の流派がいくつもあるという話がでてきました。今回は、「そもそも密教とはなんなのか?」、「比叡山延暦寺ではどのような密教の法要が行われているのか?」、尋ねてみました。日本の仏教の宗派の中で密教といえるのは、真言宗天台宗ですが、天台宗顕教密教の両方をとりいれているそうです。しかし、密教の定義というのがこれまた曖昧というか複雑というか…。ちなみに、比叡山で行われる密教的な行事の代表的なものは、毎年3月13日西塔で行われる『比叡山大護摩供』だそうです。

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第24回『お坊さんと話そう』比叡山のトップである天台座主とは!?(2018.09.02.)

前回のポッドキャストで、2018年9月29-30日に行われる『別請竪儀』について伺った際に、天台宗では望擬講(ぼうぎこう)→擬講(ぎこう)→已講(いこう)→探題(たんだい)と位を上がっていき、最終的に探題のトップになった僧侶が天台座主になると教えていただきました。比叡山のトップである天台座主、一般的には「お座主さん」と呼ばれていますが、いったいどういったポジションなのか、聞いてみました。密教の流派がいくつもあることにも話が及び…これは次回も続けて聞きたいと思っています。

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進化するポケモンGOのSNS化

昨年末にポケモンGOについての記事を書いたのだが、相変わらず今も夫婦でポケモンGOを続けている。昨年末には、「このゲームをするために、あちこち歩き回ることになるので、ポケモンGOが中高年の健康法になっているのでは?」という話を書いたのだが、最近では少し様相が変わってきた。この夏が暑すぎて、炎天下を歩き回るのは自殺行為(!!)という事情もあり、今ではほぼ車で移動しながらポケモンGOをしている。

もともとゲームなど一切やったことのない私は、地道にひとりでポケモンを捕まえて、経験値を溜めて、少しずつレベルアップするだけで十分満足だったのだが、いつからか「リサーチ」というものを課せられるようになり(無理にやらなくてもいいんだけど)、そのために「ジムバトル」だとか「レイドバトル」なるものに参加するようになった。「リサーチ」の内容はさまざまだけど、それをクリアすると、「リワード」がもらえるのだ。

ジムバトル」は、ポケモンジムに行き、ひとりで勝手にやればいいのだけど、「レイドバトル」はちょっと違う。各ジムに、時たま強いポケモンが現れるので、その時間に合わせてトレーナーたちが集まって一斉に戦いを挑み、もし勝利できたらそのポケモンをゲットする権利を得るのだ。たまに期間限定で、ものすごく強力なポケモンが出現するらしく、そういう時には大勢の人がそのポケモンを狙って集まってくるという。「レイドバトル」は1度に20人まで参加できるのだが、強力なポケモンの場合は少人数では太刀打ちできないので、なるべく20名に近い人数が集まるのが理想的。

そんなわけで、最近は特に週末の夜になると、夫の職場の上司から呼び出しがかかることがある。「何時にどこどこのジムにこれこれのポケモンが現れるから、都合がつくならレイドバトルに参加しろ」とのこと。なるべく人数が多い方がいいので、私も一緒に参戦するようになった。ついに、私もレイドバトル経験者となったのだ!

都会の状況はわからないが、ここは地方都市ゆえ、たいていみんな車で集まる。駐車スペースのある駅などのジムに行くと、毎回、15人くらいがバトルに参加している。たいてい近所の人たちなので、なんとなく車を覚えて、「ああ、あの車も来ている」と顔見知り(!?)ができていくようだ。顔ぶれを見ると、だいたい40代、50代が中心だろうか!? 集まるといっても、レイドバトルは普通180秒なので、あっという間にみんな解散していくのだが、そこで強力ポケモンをゲットできなかった人はまた次のレイドバトルを探しに行くこともあるらしい。

殆どの方が私より格上で、ポケモンに詳しく、入れ込んでいて、私は会話すらできないのだが、とりあえずレイドバトルのためだけに集まっているので、無駄な社交は一切なし。とりあえず、ひとりで地味に勝手にやってても大丈夫そうだ。

とはいえ、最近のポケモンGOにはフレンド機能がついて、フレンド登録した人とギフトポケモンの交換ができるようになった。しかも、先日、「新たに3人のフレンドを作る」というスペシャルリサーチを課せられた。夫しかフレンドのいなかった私は困ってしまったが、SNSで大学の同級生がポケモンフレンドを探していることを知り、なんとかリサーチクリア! 現在、海外在住の同級生からギフトが送られてくるのが毎日の楽しみになっている。

こうやって旧交を温められたのはありがたいのだけど、正直、これ以上のポケモンGOSNS化を私は望まない。私にとってポケモンGOはある意味、ダイエットのように、密かにひとりで地道に成果を楽しむものだから。だがダイエットもひとりで密かにやるよりも、周りの人たちに宣言してやる方が成果が出るとも言うし…。この方向性は正しいのかも知れないけれど、ポケモンGOはこれからどこに向かっていくのだろう!? どんどん進化していることは確かみたいなので、なんとか追いついていけるよう、私も進化していかねば。

*2017年12月22日の記事『ポケモンGOは地方都市の中高年の健康法

*2017年12月30日の記事『ポケモンと仏様の世界

第23回『お坊さんと話そう』比叡山で法華大会の前に行われる別請竪儀(2018.08.26.)

前回伺った4年に1度の論議法要は正式名称を『法華大会広学竪儀(ほっけだいえこうがくりゅうぎ)』というそうです。そして、この法華大会の(通常)前年には『別請竪儀(べっしょりゅうぎ)』が行われます。(次回は、なんと2018年9月29日-30日。延暦寺の大講堂で行われます。)天台宗では、望擬講(ぼうぎこう)→擬講(ぎこう)→已講(いこう)→探題と位を上がっていき、最終的に探題のトップになった僧侶が天台座主になるのだそうです。この『別請竪儀』は、1名ずつしかいない擬講さんと已講さんが、それぞれランクアップするための試験のようなもの。いったいどんな試験なのか、教えていただきました。

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『ミッションインポッシブル6/フォールアウト』と『クロッシングライン~ヨーロッパ特別捜査チーム』

お盆休みに夫のリクエストで『ミッションインポッシブル/フォールアウト』を見てきた。久々の映画館! やはり、こういう作品は映画館の大スクリーン、大音響で見ないとね。私は特にこのシリーズのファンではないのだが、この予告編を見て、「見たい!」と思ったのだ。↓

ここで効果的に使われている曲は、私が大好きだったドラマ『クロッシングライン~ヨーロッパ特別捜査チーム』のテーマソングだったのだ。ラスベガスを本拠地に活動しているアメリカのオルタナバンド、Imagine Dragonsの「Friction」という曲だ。

映画の予告編では、この曲が映像とシンクロして始まり、やがてこの曲と『ミッションインポッシブル』のテーマ曲もシンクロしていく…。ものすごい編集技! 映画を見終えた今も、これは予告編の最高傑作だと断言できる。しかし残念なことに、この曲は映画本編には一切出て来ない。がっかり。

ちなみに、ドラマ『クロッシングライン』の予告編はこちら↓。(「Friction」は残念ながら流れない)

これは、オランダ、ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)の特別捜査チームの物語。国境を越えて複数の国にまたがる事件が起きた際に、このチームが登場する。今のところシーズン3まで。(続きが見たいのに、もしかして打ち切り!?)捜査官の顔ぶれは、シーズンごとに多少入れ替わるのだが、チームを指揮するのはずっとドナルド・サザーランド! シーズン3では、(私は見てないけど)『LOST』に出演していたエリザベス・ミッチェル、『ER緊急救命室』のコバッチュ役のゴラン・ヴィシュニックなどが捜査官として活躍する。

国際刑事裁判所は実在するけれど、こんな特別捜査チームが本当にあるのかどうか、私は知らない。けれど、まさに国際機関として、ヨーロッパ各国とアメリカの捜査官がチームを組んで、ヨーロッパ各地に飛んで捜査を進めていく様子はスリリングだった。しかも、毎回、ヨーロッパ各地の素晴らしい景色を見ることができ、捜査官のそれぞれのお国柄がわかったりという楽しみも。しかし、ドラマ自体は最新のリアルな組織犯罪を暴いていくという、ちょっと背筋が寒くなるような、ディープでダークな内容なのだ。

ミッションインポッシブル』は、トム・クルーズは絶対死なないとわかっているので、安心して見ていられるけど、『クロッシングライン』は時に捜査官が突然、殉職することも…。しかし『ボルジア家』と同じく、尻切れトンボで終わってしまったこのドラマ、誰か制作費を出して続編、作ってくれないだろうか。

そういえば、『ミッションインポッシブル』を見て気がついたのは、中国のアリババが出資していたこと。どおりで悪の黒幕として中国が出てくることはなかった。唯一登場した(たぶん)中国系の謎の男もめちゃくちゃ強くて、トム・クルーズともうひとりが二人がかりで挑んでも勝てなかった。つまり「中国は悪の国ではないけれど、中国人はめちゃくちゃ強くて勝てないぞ」という印象操作かな!?と深読みしてしまった。

第22回『お坊さんと話そう』比叡山の伝説&四年に一度の法華大会(2018.08.19.)

前回に引き続き、比叡山の伝説を少々。親鸞さんの身代わりになったという無動寺谷・大乗院の「蕎麦喰い木像」と、大講堂前の鐘を鳴らす「茄子婆さん」のお話。そして大講堂四年に一度、開かれる法華大会(ほっけだいえ)について、お話を伺いました。

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左翼の社会科教師の告白(昭和天皇の広島行幸)

先日に続き、私の広島での女子校時代の思い出話である。女子校にも、もちろん男性教師はたくさんいて、その中にダンディーな社会科の先生がいらした。私は世界史と公民を教えてもらったように記憶している。授業中にたまに雑談が始まり、熱くカープ愛を語ってくださったりもしたが、その話しぶりから、なんとなく左翼思想の方なのだと認識していた。それも、けっこう筋金入り…という印象。まあ、当時の社会科教師は殆ど左翼思想だったろうけど。素直な高校生だった私は、お陰でしっかり自虐史観に染まり、戦争を体験している両親に突っかかっていったことがある。

けれど、私がその先生の雑談で今でも覚えているのは、昭和天皇の広島行幸の話。先生がどの程度の左翼だったのかはわからないが、普段は「天皇なんて…」といった態度だった先生が、たまたま昭和天皇の広島行幸に遭遇。天皇陛下がお出ましになったのか、それともお車が通過したのか、詳しいことは覚えていないが、陛下がいらっしゃるとわかった瞬間、気がついたら「はは~っ」と深々と頭を下げていたそうだ。恐れ多くて、身体が自然に反応したらしい。「その時、なんだかんだ言っても自分は日本人なんだなぁと思った」という先生の言葉が、ずっと心に残っている。頭でどうこうじゃなく、日本人の身体にしみついているものがあるということなんだなぁと、少し嬉しい気持ちになったのだけど、今の日本人はどうなのだろう!?

ところで、この昭和天皇の広島行幸はいつのことだったのだろうと調べてみたら、1947年、1951年、1971年と行幸されているので、1971年のことだったのだろうか。

ちなみに、1947年12月昭和天皇戦後最初の広島巡幸の際、小学校3年生だった中沢啓治氏(『はだしのゲン』の作者)は、「天皇制を否定していた父の影響で、家族3人が被曝死したのは天皇のせいだと思っていた」ため、学校の先生に歓迎の日の丸の小旗を作るよう言われても作らなかったそうだ。

その日の様子を、中国新聞はこう報じている。「5万人の国歌大合唱が感激と興奮のルツボからとどろき渡る。陛下も感激を顔に表され、ともに君が代を口ずさまれた。涙…涙…感極まって興奮の涙が会場を包んだ」。そして天皇陛下のお言葉のあと、市民は帽子や手やハンカチを振りながら「万歳!」と絶叫したという。この市民の熱狂を、当時の広島市長は「他国で苦労した子供が、理屈なく両親に会いたくなる気持ちに似たようなものがあったと思う」と説明している。

先生の話と同じく、ここでも「理屈なく」なのだ。これは日本人にしかわからない感覚なのかも知れない。いや、正確には、もしかしてこの感覚を共有しているのは「昭和の日本人」までかも知れないけれど。

そこで思い出すのが、私が高校生で初めてイギリスに行った時のこと。英語の授業でイギリスの王室日本の皇室がテーマとなり、「日本の天皇とはどういう存在か?」と質問された。語彙の乏しい中で、とりあえず「国民がリスペクトする人」だと答えたところ、イギリス人の先生にこう言われた。「リスペクトするかどうかは、その人がどういう人物かによって決まるのであり、ある特定の地位にある人だからリスペクトするというものではない」と。先生の言わんとすることは理解できたけれど、それでも私はその時、心の中で反論していた。「でも、多くの日本国民は現実に天皇陛下リスペクトしていると思う…」と。だけど、その理由をどう説明していいかわからなくて、黙っていた。せめて、「イギリスの王室とは違うんだよ」と言いたかったけれど、この感覚はやはり日本人以外には理解し難いものかも知れない。

きょうは、73回目の終戦記念日であった…。


*豪雨でレモンの被害があったと聞いて心配していたけど、今年も瀬戸内海の大崎上島からブルーベリーが届いた!

女子校の効用と母の使命

息子が男子校を満喫していることには先日触れたばかりだが(「学ラン(と男子校)の効用」)、共学と違って異性の目がないので、変に気取ったりカッコつけたりする必要もなく、素を出せるのが、男子校女子校の良さだと思う。共学だったら女子に「キモイ」とか「ダサい」とか言われかねないオタク系男子も、その分野についてめちゃくちゃ詳しいエキスパートとしてある意味、尊敬され、きちんと認めてもらえる。いろんな趣味の、いろんなこだわりの子たちが互いに認め合って交流するのは、刺激的で楽しいだろう。成績の良し悪しや、モテるモテないといったことは別に重要じゃない。純粋に相性がいいとか、話が合うとか、趣味が似ているといったことで、友達付き合いが始まるのだろうと思う。

私も中高と女子校だったので、女子校の良さは体験済みだ。女子校育ちの影響は、かなり大きいと思う。そもそも文化祭、体育祭をはじめ、あらゆる行事は女子だけで行うので、当然ながら力仕事も自分たちでやる。「男に頼る」ことがないので、自然と自立の精神が身についたような気がする。そしてそれが、「なにをやってもいい!」というチャレンジ精神に繋がっているような…。

息子の学校もそうなのだが、私の母校でもOGの先生が多かった。つまり先輩方がロールモデルとして、日々、指導してくださるので、自然と学校の教育理念が身についた面もあるかも知れない。多感な中高時代に聞いた先生方のお話は、断片的だが今でも私の心にしっかりと残っている。

中でも一番印象的だったのが、家庭科の先生のお話だ。高校生だった私たちに、先生はおっしゃった。

「皆さんはこれから大学に進学するでしょうけど、私立であっても大学には国から多額の助成金が出ています。だから、皆さんは国民の税金をたくさん投入してもらって勉強ができるのだと自覚して、卒業後にそのお返しをしてください。例えば、社会に出て働くことで、国のためになる。あるいは結婚して家庭を築くことでも、お返しはできます。皆さんの多くは、いずれ母親になるでしょう。未来の日本を支えていく子供たちを育てるという、りっぱな使命があるのです。母親である皆さんがしっかりしてないと、明るい日本の未来はありませんよ!」

東京の女子大を出て、子育てをしながら定年まで勤め上げられた先生とは、何年も前の同窓会で再会した。その際、先生の言葉に感銘を受けて、今もその言葉を思い出しながら子育てをしていることを、先生に伝えることができた。ちなみに先生のご主人は、芸術家でいらしたとか。

いま振り返ると、中高のあの6年間が私の人生に与えた影響はとてつもなく大きかったと思う。あの時代の恩師や友人たちのお陰で、今の私があるのだ。あの学校に通わせてくれた亡き両親には感謝している。


*左上に火星、右下に花火!(8月7日の琵琶湖花火大会)昨晩はペルセウス座流星群を見た!

第21回『お坊さんと話そう』比叡山はなぜ霊山なのか?(2018.08.12.)

前回のお話で、最澄比叡山で修行を始める以前、仏教伝来のはるか以前から、「比叡山」という山そのものが信仰の対象であったと伺いました。現在も「霊山」と呼ばれる比叡山は、ここで修行に励んだ数多くの僧侶たちが生んだ伝説の山でもあるようです。きょうはそのほんの触りをお送りします。

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学ラン(と男子校)の効用

この夏、関西では今までにない酷暑が続いた。

隣市の高校に電車通学しているうちの息子は、異常に暑い日が続くというのに、7月に入ってもかたくなに冬服を着続けた。息子が通う男子校の制服は学ランなのだが、夏は学ランを脱いで、半袖(または長袖)のシャツ姿となる。中学生は素直に半袖シャツの子が多いようだが、高校生になると長袖シャツの袖をまくって着る人が多い気配。ところが、うちの息子は毎年、なかなか学ランを脱がないのだ。酷暑の今年も、相変わらず学ランを脱がないので、熱中症になるんじゃないかと心配していたのだが、本人に言わせると、「電車も学校も冷房がきいてるから」とのこと。しかも、高校生男子は冷房をかなり低い温度に設定するのだとか。

この夏、関西は酷暑の上に、何度も豪雨に見舞われた。大阪北部地震もあったし、地震や豪雨で広範囲に電車が止まることが何度もあり、そのたびに私が急遽、車で息子を迎えに行った。ところが息子はいまどきの高校生には珍しく(!?)スマホを持っていないので(というか、欲しがらないので)、こちらから連絡不可能なのだ。学校の公衆電話から突然、「電車が止まっているらしい」などと連絡が入ると、待ち合わせ場所を指定して迎えに行くしかない。

西日本豪雨の日も、お昼すぎに息子から電話が入り、授業が終わる頃には電車が運休になる見通しだというので、私は学校近くの喫茶店で待機することにした。その後、学校から各学年の授業終了時刻が書かれた一斉メールが届き、全員授業が終わり次第、部活なしで下校させるとのことだった。あの日の豪雨はすさまじく、いつもの山道は通行止めとなっていたので、私は市街地のルートで早めに迎えに行ったのだが、授業終了時刻を過ぎても、息子は姿を現さない。15分過ぎて、ちょっと心配になり、学校の前まで行くと、出口からちらほらと生徒が出てくる。まだ少し残っている子がいるようだけど…それにしても、息子は出て来ない。さすがに心配になってきて、学校の事務所で確認してもらおうかと正面玄関に向かっていたら、建物の奥の方で何人かの生徒が喋りながら歩いている姿が見えた。その中にひとりだけ、学ランがいるではないか! よかった、息子だ! そう、この時期に学ランを着ている生徒は、ほかにはいないだろう。

このとき初めて、「学ラン着てくれていて、よかった」と思った次第。夏に学ランを着ていると、「どこにいるかすぐわかる!」という効用があったのだ。本人に言わせると、学ランの効用は「内側を含め、ポケットがたくさんあることによる機能性」であるらしい。なので、7月も半ばを過ぎ、ハンパない酷暑が続いていた頃、「きょうこそ、学ラン脱いだら?」と薦める私に、息子は「かなり暑くなってきたけど、ポケットがないと困るしなぁ」とブツブツ言いながら悩んだ挙句に学ランを着て出かけていたのである。そして息子がようやく学ランを脱いだのは、なんと終業式の日であった。その前日が、あまりに暑くてマジでやばかったらしい。

それにしても…「学校でお前以外にまだ学ランの人、いたの?」と聞いたら、「さぁ、少なくとも同じ学年にはいなかったと思うよ」との答え。「じゃあ、きっと変人だと思われてるね」と言うと、「大丈夫。いろんなカテゴリーの変人がたくさんいる中の一種類だから」とニヤリ。ああ、これぞ男子校! 楽しいはずだよね。

ちなみに息子は、散髪されると「耳元がくすぐったくて耐えられない」というお子ちゃまな理由から、髪をなかなか切りに行こうとしない。今回も2月に切ったきりで、かなり伸びている。校則もゆるい男子校ゆえ、どんなひどい髪でも、誰も何も言わないのだろうが、「見ているだけでウザいんだよ!!こら、息子っ!! お前はロッチになりたいんか!?」と、母は毎日、心の中で叫んでいる。

ところで「学ラン」とは、江戸時代に洋服のことを「蘭服」と読んでいたことから、「学生用の蘭服」から「学ラン」になったのだとか。