東銀座 レストラン「ナイル」の思い出

今朝も雪が舞っている。
日曜だけど、夫はきょうは普段より早く家を出て、神戸・大阪で仕事。

私は子供の相手をしながら、相変わらず仕事。と言いつつ、おやつ代わりにパッパドを食べる。先日、輸入食品店でみつけて初めて買ってきたのだ。おとといのインド料理がまだ尾を引いている。

私が初めてパッパドを食べたのは、東銀座レストランナイル。(ここのメニューはパッパルと表記していたと思う。)カレー好きの私は、東京で機会あるごとにカレーの食べ歩き(?)をしたけれど、今でもここのカレーが一番好きだ。

カレーの味ももちろんだが、お店の人たちも忘れられない。インド独立運動の闘士だったという今は亡き初代ナイルさんは、レジの前に座って、ときどき話しかけてくれた。二代目ナイルさんは、BGMのインド音楽について質問したら、テープに録音してくれた。そして…驚異的だったのが、名前も知らない給仕のおじさん。これぞ、プロ中のプロ。こんな人は見たことない。

ナイルさんを始め、このおじさんもお客に「お嬢さん」、「若旦那」と呼びかける。なんと新鮮な響き! そして、うま~いこと店の名物「ムルギランチ」を薦め、食べ方を教えてくれる。というより、その通りに食べなくてはいけないのだ。

私は何度か通ううちに、ようやく「ムルギランチ」以外のものを頼む勇気が出たが、店の表のウィンドウで見て興味津々だったインドのハンバーグのようなものだけは、「時間がかかるよ」の一言で注文を受けてもらったことがない。

そのうち、私は「ムルギランチ」かその他のカレーパッパド二枚、食後はマサラティーを注文するのが定番となった。といっても、そんなに頻繁に通っていたわけではない。よくても二ヶ月に一度。一緒に行く人も、そのつど違っていたはずだ。そのおじさんのすごいところは、私のパターンを覚えていて、カレーを注文したあと、やっぱりパッパドも…と思っていると、ふと目が合って、「はい、お嬢さん、パッパド二枚ね」と心を読んでくれること。辛いカレーを食べて、ああ紅茶が欲しい…と思って顔を上げると、「マサラティーね」と声がかかる。

そして一番驚いたのが、パリで二年間を過ごして東京に帰り、久々にナイルを訪れたときのこと。店に入るなり、「ああ、お嬢さん、久しぶりだねえ」と声をかけられた。「え、覚えてますか?」と驚く私に、彼は「当たり前ですよ。きょうもパッパド二枚つける?」と言ってくれたのだ。これには感激した。

きょう久々にパッパドを食べたせいで、こんな記憶が蘇ってきた。ああ、またナイルカレーが食べたい。あのおじさんは健在だろうか。あれから十年は過ぎたから、もう私のことは覚えていないだろうか。

気がついたら、夫のために…と思って多めに揚げたパッパドを殆どひとりで食べつくしていた。辛いものを食べると、今度は甘いものがほしくなるんだよな~と思っていたら、大阪のど真ん中のホテルに行ったからと、夫がケーキをお土産に買ってきてくれた。「おお、ここにも私の心が読める人がいた!」と、ひとしきり感激したのでありました。

ああ、また食べすぎ。

ケーキ

東銀座レストラン「ナイル」の思い出(ああ、ムルギランチ!)

今朝も雪が舞っている。
日曜だけど、夫はきょうは普段より早く家を出て、神戸・大阪で仕事。

私は子供の相手をしながら、相変わらず仕事。と言いつつ、おやつ代わりにパッパドを食べる。先日、輸入食品店でみつけて初めて買ってきたのだ。おとといのインド料理がまだ尾を引いている。

私が初めてパッパドを食べたのは、東銀座レストランナイル。(ここのメニューはパッパルと表記していたと思う。)カレー好きの私は、東京で機会あるごとにカレーの食べ歩き(?)をしたけれど、今でもここのカレーが一番好きだ。

カレーの味ももちろんだが、お店の人たちも忘れられない。インド独立運動の闘士だったという今は亡き初代ナイルさんは、レジの前に座って、ときどき話しかけてくれた。二代目ナイルさんは、BGMのインド音楽について質問したら、テープに録音してくれた。そして…驚異的だったのが、名前も知らない給仕のおじさん。これぞ、プロ中のプロ。こんな人は見たことない。

ナイルさんを始め、このおじさんもお客に「お嬢さん」、「若旦那」と呼びかける。なんと新鮮な響き! そして、うま~いこと店の名物「ムルギランチ」を薦め、食べ方を教えてくれる。というより、その通りに食べなくてはいけないのだ。

私は何度か通ううちに、ようやく「ムルギランチ」以外のものを頼む勇気が出たが、店の表のウィンドウで見て興味津々だったインドのハンバーグのようなものだけは、「時間がかかるよ」の一言で注文を受けてもらったことがない。

そのうち、私は「ムルギランチ」かその他のカレーパッパド二枚、食後はマサラティーを注文するのが定番となった。といっても、そんなに頻繁に通っていたわけではない。よくても二ヶ月に一度。一緒に行く人も、そのつど違っていたはずだ。そのおじさんのすごいところは、私のパターンを覚えていて、カレーを注文したあと、やっぱりパッパドも…と思っていると、ふと目が合って、「はい、お嬢さん、パッパド二枚ね」と心を読んでくれること。辛いカレーを食べて、ああ紅茶が欲しい…と思って顔を上げると、「マサラティーね」と声がかかる。

そして一番驚いたのが、パリで二年間を過ごして東京に帰り、久々にナイルを訪れたときのこと。店に入るなり、「ああ、お嬢さん、久しぶりだねえ」と声をかけられた。「え、覚えてますか?」と驚く私に、彼は「当たり前ですよ。きょうもパッパド二枚つける?」と言ってくれたのだ。これには感激した。

きょう久々にパッパドを食べたせいで、こんな記憶が蘇ってきた。ああ、またナイルカレーが食べたい。あのおじさんは健在だろうか。あれから十年は過ぎたから、もう私のことは覚えていないだろうか。

気がついたら、夫のために…と思って多めに揚げたパッパドを殆どひとりで食べつくしていた。辛いものを食べると、今度は甘いものがほしくなるんだよな~と思っていたら、大阪のど真ん中のホテルに行ったからと、夫がケーキをお土産に買ってきてくれた。「おお、ここにも私の心が読める人がいた!」と、ひとしきり感激したのでありました。

ああ、また食べすぎ。

ケーキ

せっかくの休日ですが

週明けまでに仕上げる仕事があって、きょうもパソコンに
向かってます。といっても、子供と夫がいると、仕事がはかどるわけもない。せっかくだから、夫と分担して家事を少し片付ける。体調もいまいちなので、無理せずボチボチと。

組織の中で働くことに見切りをつけて、もうだいぶ経つが、子供ができてからは、パート程度の仕事しかしていない。それでも家の中で、好きな時間にできるのだから、ありがたい。忙しいときはイライラするが、週末は仕事ができないものと最初から割り切ることにしたら、無理もなく、ちょうどいい。

余裕をもったスケジュールしかたてないし、仕事の上で高い目標をもっているわけでもないので、バランスよく生活できれば、それでOK。家事に飽きたら仕事を、仕事に飽きたら家事を…というのが理想だけど、実はどっちにも飽きてだらだらなんてこともあるので、現実はむずかしい。

いずれにせよ、時間に余裕があると、気持ちにも余裕ができる。
お金も余裕があるにこしたことはないけど、やることだけは
やって、あまり気にしないでいたら、まあ必要なだけはなんと
かなるから不思議なものだ。

フリーの身になってから、身を持って実感したこと。それは、「心配しない」ことが一番ということ。なにごともうまくいく秘訣は、これ! ただし、最悪の場合を覚悟しておくことが前提。「最悪でも路頭に迷うだけでしょ!」と思えれば、大丈夫。

そう思って、さっきまで爆睡してしまいましたわ。反省。きょうは外も歩いていないので、昨日の写真を。

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無言のしあわせ

年明けからずっと行きたかったインド料理屋。
近くを通るたびにチェックしていたけど、ずっとお休みで心配していたら、営業再開を知らせるハガキが届いたので、早速行ってみた。インドから来る料理人の入国許可がまだ下りない中、少ない人数で再開に踏み切ったらしい。

開店10分前に店内に陣取った私たちは、食べ物が運ばれてくると、もう一気に黙々と食べた。米好きの私も、息子も、ここのナンのあまりのうまさに、米がなくても平気。というより、ナンだけでおいしくて、カレーがなくても平気というくらい。いや、もちろん、カレーもうまい! うまい! うま~い!

しかし、ナンはけっこうおなかが膨れる。そこで、ちょっと一息ついて、はっと気づいた。

「あ~ん、写真を撮るつもりだったのに~。」
殆ど食べあさったあとの無残な写真となりました。
残念ながら、シシカバブとタンドーリチキンは、かけらすら残ってません。

カレー

声に出すことと、耳を傾けること。

昨日の別れ際、「人間らしい気分になれたわ」とイーデスさんが
言ってくれた。殆ど話し相手のいないホームでは息がつまること
もあるだろう。大好きな京都の街で、大好きなお店のケーキを食
べながら、昔の思い出をおしゃべりすることで、彼女の心も少し
和んだかしら。

実際には、私の方が彼女のおかげで楽しい時間を過ごすことがで
きた。私も普段は家にこもっていることが多く、人に会うことも
あまりない。ひとりは苦にならないけど、おしゃべりは大好きな
ので、話し相手がいないと口がなまってしまう。思っていること
をずっと口に出せなかったら、ストレスで死んでしまうかも…と
さえ思う。

悩みじゃなくても、言葉に出して話すことで、自分の思いが明確
になることは多い。言葉にすることで、改めて確認できたり、気
持ちが軽くなったり。
喋り始めるとつい勢いづいてしまうことが多い私は、相手の話に
耳を傾けられる自分になろうと最近は意識している…つもりだが、これもなかなかエネルギーがいる。誰か聞いてくれる人がいる、それだけで人間って癒されるものだ。

さて、誰も話し相手がいない日中の私のうさ晴らし(?)は新聞
を音読することだ。妊娠中に始まった習慣だと思うが、そのせい
なのか、気がついたら子供も毎日、音読している。ときには、ふ
たりして同じ部屋の中でそれぞれ音読していたり。
変な習慣…と思っていたが、最近はボケ防止にいいと聞くし、あ
の宮崎哲弥氏も気晴らしに音読しているらしいし、実際音読する
とすっきりするし、くだらないお喋りするよりは、ずっといいこ
とかも知れない。

このブログも、デジカメを入手して嬉しかったのもあるけれど、
日々の生活の中でたまる思い(?)を吐露する場所がほしかった
のかも。とはいえ、今となってはブログもりっぱなボケ防止策。
さて、きょうは夫が宿直なので、思う存分、音読するか。

*今から、読むつもりのもの。友人が送ってくれた雑誌、わざわ
ざ取り寄せた雑誌など。子供が夢中になって読んでいる漫画もどんな内容なのか読んでみるつもり。

本

しあわせの小道

昨日は知人について思うことを勝手に書いてしまったが、きっと
彼女は愚痴を聞いてほしかっただけなのだな…と、今になって思う。なにか変えるつもりなら、思い悩んだり、相談したりせず、行動しているはずだし。

でも昨日の続きじゃないけど、本当に何歳になっても出会いはある。きょう会ったイーデスさんが、まさにそう。47歳で単身、京都に来て、65歳で日本人男性と結婚。出会いの場所は哲学の道だった。お互いの言葉はよくわからないけど、心は自然と通じ合い、20数年間しあわせに暮らした。

昨年、ご主人が93歳で他界され、今は京都の街から少し離れた場所にある老人ホームで暮らす彼女と知り合ったのは最近のことだ。ホームの近所に暮らす友人に連れられ面白い話をたくさん聞かせてもらった。

きょうは京都に行く用事があったので、途中でホームに立ち寄り、イーデスさんも一緒に京都に行くことになった。なんと、チャーミングな人だろう。体は老いても、高貴で自由な精神を持ち続け、すべてを受け入れる寛容な心、強さをもった人。それは、すべて彼女がこれまでの日々の積み重ねで得たものに違いない。

その人の生きてきた人生が、そのままその人自身に現れるのね。
彼女は常に心の声に従って行動してきたのだろう。

89歳の彼女が、きょう何度も口にした言葉。それはご主人は最高の人だったということと、京都が大好きということ。いい人生を送ってきたとも。

彼女は真の意味で哲学の道を歩んできた人だ。詩人として活動してきた彼女からプレゼントされた今年出版されたばかりの最新の詩集のタイトルも、『Pathways』だった。

edith

幸福への足跡

少し暖かくなって、雪もかなりとけてきたが、それでも屋根から
落ちた雪はまだ高く積もったまま。殆ど空家状態の近所の家の屋根についているのは、ねこの足跡?

空も晴れて気持ちいいし、暖かいと体も動く!
掃除をして、テレビをつけたら江原啓之の人生相談をやっていて、ついつい見てしまう。そしたら、この間、私が知人へのメールに書いたのと同じようなことを言っていて、ちょっと心強くなった。

故郷から遠く離れた街で、自立して生活しているその知人は、そ
れだけでりっぱだと私は思っているが、彼女自身は30代も後半に入り、子供が産めるうちに結婚したい、子供は絶対欲しい、でも本当に産めるだろうか…などと心配している。
結婚もしていない、つきあっている人もいないのに、まだ起きて
いないことを心配している。それより目の前の問題から考えた方
がいいのでは…と思ってしまう。

今、自分が幸せかどうか。Yesなら、それでいいし、Noなら、その状態を変えればいい。それの繰り返しでいいんじゃないかと思うけど、人生ってそんな簡単なものじゃない!?

本当の出会いだって結婚だって、何歳になっても起き得るし、自
分で子供を産めなかったとしても、母になることはいつだって可
能だ。人を育てること、母親の役割を果たすことは、その気さえ
あれば、誰でもできる。年なんて、関係ない。

私は子宝に恵まれたが、いまだにこの子はどこから来たのだろう
と思うことがある。自分の子、というより、授かりものの感覚だ。ときに、自分の思い通りにならないと、きぃきぃ怒ってしまうけど。「社会から今だけ預かって育てていると思った方がいい」と言われたことがあるけれど、自分でもそう実感する。自分の意志で子供をもったつもりでも、本当のところは、天から遣わされたのだと。

しあわせは、状況じゃなく、自分の心の状態で決まるもの。
今、しあわせじゃなかったら、結婚してもしあわせになれないと
思うけど、今の彼女に私の言葉は届かないかな~。

neasi

バレンタインデー

子供はどこで聞いてきたのか、「きょうはバレンタインだし、
お母さん、チョコレートケーキ買ってきて。おとうさんとぼ
くはお留守番しとくし」と言われてしまった。

人気のお店に行ったのは、もう夕方だったので、チョコレー
トケーキは売り切れ。他のケーキも残り少なくなっていた。
辛うじて、カカオケーキとチョコシフォンをゲット。
私はいまひとつチョコが好きではないので、自分用に別のケ
ーキもしっかり買った。

炊飯器だけはセットしていたのだが、帰宅時間が予想外に遅
くなってしまったので、おなかをすかせた夫がすでに夕飯の
準備を始めていた。おお、ラッキー!
(そうか、この手があったか…。)
そしてテーブルには、チョコレートが! 写真のチョコは、
夫と息子のを合わせたもの。どっちがたくさんもらったのか
は、内緒。

チョコ

雪祭り

きょうはこの過疎地区で雪祭りが開催された。
おととし、去年と雪不足で中止になったので、私たちにとっては初めての雪祭り。思った以上に大きなイベントで、大勢の人が集まっていた。

雪の中では、大人もみんな、無心に遊んでいる。雪を見ているだけで、楽しい。久しぶりに、友達にも会えた。まるで冬ソナの世界!・・・と友達も喜んでくれた。なのに、ロマンチックな雰囲気の中、またも食べ過ぎてしまった私。

「おまえが食べ残すのがいけない」と、心の中で子供に文句を言った。

雪祭り

夜景を見る人たち

バイオリズム低調の日に行ったカフェを再度訪れた。
きょうは、三人とも上機嫌。

カフェは丘の上の大学のキャンパス内にあり、カフェの建物は学生さんたちの手作りらしい。建物の外では、不思議な人形たちが町を見下ろしている。ちょっと不気味。

ここはセルフサービスということもあり、リーズナブルな値段で、おいしい食事ができる。しかもオーガニック。
近くのテーブルで、三人のおばさんたちが食後のケーキを食べ始めたのを見て、息子も「あとで、あれを食べる!」と言い出した。「私も!」と、心の中でつぶやいた。

ところが、ケーキは売り切れていた。じゃあ、別の店に行こう
と丘を下り、買い物をすませて近くのカフェに入ると、なんとさっきのおばさんたちがいた。コーヒーを飲みながら、相変わらず話している。まさに「女三人集まると…」だ。私たちが店を出るときも、まだまだ話は続いていた。まさか、喋り疲れて、またケーキ食べたりしないよね!? 別に、いいけど。

夜景