同性婚をしたアメリカのペンパル

ユーレイルパスでのヨーロッパ旅行に続き、私は大学の卒業旅行としてアメリカ・カナダを回った。今度は航空会社の乗り放題パスを使った。空席があれば、その航空会社のどの便にも乗れるというパスだ。満席の場合は、次の便を待つしかないのだけど。そしてヨーロッパの時と同じように、また高校時代からのペンパルを訪ね歩いたのだが、その中のひとりに同い年のデイサという女性がいた。金髪でブルーの瞳の美しい女性で、かつては南部の大都市で暮らしていたが、その頃には南部の中都市の実家に戻り、母親と継父と暮らしていた。

私は彼女の家に一週間ほど泊まらせてもらったのだが、彼女には年上の親友R(女性)がいて、どこかに出かける時は必ずRも同行した。両親と暮らすRの家にも、しょっちゅう行って、長い時間を過ごした。私はなんの違和感もなく、デイサの家族ともRの家族とも接していたが、今でも悔やんでいることがひとつある。それはRの父親が見せてくれた旧日本兵が持っていた英語の辞典。その辞典をどうやって手に入れたか、経緯も聞いたはずだけど、うろ覚えで思い出せない。とにかく私はその辞典に目を奪われた。そこには万年筆で名前が書かれ、持ち主と思われる日本兵の写真もあったからだ。恐らく戦死したと思われるこの日本兵の家族がこの辞典を見たら、喜ぶに違いない。これは、この人の家族に戻してあげるべきだと思ったけれど、いろいろなアンティークと共にこの辞典を嬉しそうに見せてくれたRの父親に、私はそんなことは言い出せなかった。「この辞典を持ち主に返したい」という言葉が出てこないだろうかと、密かに願っていたのだけど。

私が帰国してしばらくしてから、デイサは大学に入り直し、教師の資格をとった。そして南部の大都市の高校に職を得て、Rと共にその大都市に引っ越して新生活を始めた。デイサは、その後、高校教師の団体の研修旅行で念願の来日を果たし、数日間、京都を訪れた際に我が家にも泊まってくれた。その際、いろいろ話を聞いてみると、南部の大都市でついに家を買い、彼女が住宅ローンを払い、Rが主婦として家を守っているということだった。その時ようやく私は、デイサとRは同性カップルだったのだと確信が持てた。京都の街で偶然出会った知り合いのオーストラリア人が、彼女と英語で会話をしたあと、「彼女の使う語彙などからして、彼女はきっとゲイだね」と私に教えてくれたのだが、彼が一瞬で気づいたことに、私は20年近く気づかなかったのだ!!

現在、アメリカではすべての州で同性婚が認められているそうだが、数年前にデイサとRは正式に結婚した。(とフェイスブックで見た。)デイサは今も高校教師として働き、Rも主婦&アーティストとして暮らしている。デイサの継父は亡くなり、年老いた実母が今では大都市の彼女の家に引っ越して、一緒に暮らしている。女3人の生活、楽しそうだ。

初めてのアメリカ旅行で、デイサと過ごした時間を今しみじみと思い出す。日本好きの彼女が連れて行ってくれた日本レストランが、あまりに日本らしくなくて違和感だらけで苦笑してしまったこと。それから、週末の夜に、デイサとRと3人でドライブインシアターに行ったこと。私はこれを一度やってみたかったのだ。その時に見たのは、アメリカの高校の生徒間カーストを描いた『ブレックファースト・クラブ』。この映画の挿入歌『Don’t You』で、シンプルマインズはアメリカでブレイクすることに…。ああ、なんて懐かしい!!

Don’t you forget about me…


*このシンプルマインズのPVに映画『ブレックファーストクラブ』のシーンが少し出てくる!

おっさんずラブ(オランダ編)

私が初めてオランダに行ったのは、もう30年以上も前、大学の夏休みを利用して、ユーレイルパスヨーロッパ各地を旅行した時のことです。高校時代から文通をしていたペンパルの家を訪ね歩いたので、宿泊費も浮くし、現地の暮らしぶりがよくわかって、それぞれの国の違いも発見しました。

中でもオランダペンパルとは、いつも長文の手紙を互いに交換していたので、気持ちの上ではすでに親友気分でした。私よりひとつ年上で、すでにひとり暮らしをしていた彼女のアパートに1週間ほど泊めてもらい、彼女の友人や家族と知り合い、その後、彼らとも手紙のやりとりをするようになりました。

彼女自身はボーイフレンドがいましたが(当時のボーイフレンドの前につきあっていた人のことも、私は手紙を通じて知っていましたが)、彼女の友人の男性がゲイだったので、好きな人のこととか、いろいろ教えてくれました。北ヨーロッパには、夏はギリシャに行くという人がたくさんいましたが、ゲイが集まるギリシャの島があるのだとか。また、同性愛者がナチスに弾圧されたことを忘れないための小さな旗が、彼の部屋に飾ってありました。

その時、彼には密かに思い焦がれる人がいたのですが、彼の妹がその人と関係を持ったと聞いてショックを受けていました。「妹には負けられない!」と言うので、「でも、妹さんと深い関係になったということは、あなたには可能性はないんじゃない?」と言うと、「大丈夫、彼はバイセクシュアルだから!」との答え。なるほど~、いろんな人がいるんだな~と感心しました。

そうそう、私のペンパルの女友達にもバイセクシュアルの方がいました。その人は、離婚してシングルマザーとして息子さんを育てていて、当時は10歳年下のハンサムなボーイフレンドがいたのですが、その後、別のボーイフレンドと暮らすようになり、その人と結婚するのかと思いきや、彼女の浮気が発覚。その浮気相手は女性で、しかも彼女と名前が同じ。ボーイフレンドとの修羅場は、さぞ混乱したことでしょう。その後、彼女はどちらとも別れて、息子さんも独立したので、一時、シェアハウスに暮らしていました。

バイセクシュアルの彼女は、当時、タバコの葉を自分で紙に巻いて吸っていました。かと思えば、ペンパルの友人の大学生は、禁煙運動をやっていて、「大麻は吸うけど、煙草は吸わない。身体に悪いから」と言っていたり。いろんな人がいるなぁと20歳そこそこの私は驚いたものです。オランダって、いろんな意味で先をいっている国ですね。

おっさんずラブ(私の職場編2)

おっさんずラブ』、最終回、見ました。やっぱりね、という終わり方でしたが、こういう終わりじゃないと納得できないよね、きっと。

最終回でおっさん(部長)が春田の上海転勤についていこうとしていたけれど、実は私のかつての職場でも同じようなことがありました。先日、ブログに書いた最初の職場ではなく、その後の転職先でのこと。ここも外資系だったので、トップはたいてい英語圏の外国人。私が転職した頃、新たなトップが日本に赴任してきたのですが、彼には男性パートナーがいたのです。母国では妻も幼い息子もいたのに、カミングアウトして離婚。東京赴任に際しては、新たな男性パートナーにフライトアテンダントの仕事を休職してもらい、息子さんと3人で来日したと聞きました。ということは、男3人で暮らしていたのか!?

ちなみに、男性パートナーは職場の日本人スタッフのための英語教師として雇われているという話でしたが、実際に英語レッスンをしている気配はなかったような…。「お昼になると、ふたりで向かい合ってサンドイッチとか食べていて、目のやり場に困るわ~」と、ガラス張りのオフィスで働く秘書の方がこぼしておられました。

バブリーな時代の外資系企業だったので、年末には東京湾クルーズをしながらの船上パーティが開かれ、我らがボスは「来年も一緒にがんばりましょう!」と挨拶してシャンペンで乾杯をしたのですが、その後、彼が日本に戻ってくることはありませんでした。年明け早々、会社を辞めたと聞いてびっくり。母国では、別れた妻と子供の親権を争って裁判をしているという話だったので、いろいろと事情があったのでしょうが。

そうそう、最初の丸の内の職場のイギリス人幹部にも、「おっさんずラブ」の人はいたそうです。昔、私が見ていたNHK教育の英会話番組に出ていたイギリス人もそのひとり。そもそもはその会社の東京支店に転勤になったために来日し、日本を気に入ったので、その後、会社を辞めて日本に残ったのだとか。私が働いていた時も、たまにその人がオフィスに姿を見せることがあり、「あ、テレビで見ていた、あの人だ!」と懐かしかったのですが、歩く姿がまさに「オネエ」そのものでびっくり。テレビでは座ってお話するだけだから、わからなかったのでした。

それから、イギリスの本社からやってきたお偉いさんも「おっさんずラブ」でした。当時80代くらいのご高齢で、帝国ホテルから丸の内のオフィスまでリムジンで乗り付けて、そばには若い金髪の美青年が付き人として寄り添っていました。英国映画『アナザーカントリー』を見てコリン・ファースのファンになった私は、パブリックスクール後の「おっさんずラブ」の世界を垣間見た気分でした。

意外と多い「おっさんずラブ」。海外では特に、よくあることなのかも知れません。

おっさんずラブ(私の職場編)

昨夜、帰宅した夫が「『おっさんずラブ』がクランクアップしたらしいね」と言うので、「きょうラジオで2回も『おっさんずラブ』の話題が出てたよ。すごい人気なんだね」と答えたら、夫の職場の女性陣の間でも話題沸騰なのだとか。クランクアップのニュースをその時は聞き流してしまった私。その直後に、このドラマを薦めてくれた友人から「今週の土曜日が最終回だから」と聞いて、が~ん。私はこのドラマの大部分を見逃しているということではないか!!

ところで、この『おっさんずラブ』は現実にはなかなか遭遇しないシュールな物語だから、面白いのだろうか!? それともLGBTの存在も認知され、権利も認められつつある現在だからこそ、受け入れられているのだろうか!?

そこで思い出すのが、私が大学を卒業して最初に就職した英国系の会社。オフィスは丸の内のど真ん中だった。(そう、私は丸の内のOLだったのだ!)壁にはエリザベス女王の肖像画が飾られ、制服はないけれど、女性社員はスカート着用を決められていて、外資系にしては古臭い、大英帝国の名残のような会社だった。幹部のイギリス人も、いかにもイギリス紳士という雰囲気の方が多かったように思う。

それでも、そこはやはり外資系。私がそこに就職を決めたのは、イギリス人との面接の際に「東京でひとり暮らし」をしている点を、「インディペンデントでよろしい」と評価してくれたからだ。当時は、特に大企業などの就職に際して、女性は親元に暮らしていなければダメという条件がついたりしていたのだ。

実際に就職してみると、その会社は外資系とはいえ、昔ながらののんびりした日本の中小企業の雰囲気が漂っていた。「外資系」と聞いて想像する「バリバリ感」のない会社で、先輩方も厳しい人はほとんど皆無。私にとっては居心地がよかった。そんな職場で、特に目を引く男性社員がいた。てきぱきと仕事をしていて、年は私よりだいぶ上と思われるけれど、役職はなく、いつも明るく大きな高めの声で話していて、それがまた女性言葉だったのだ。服装もほかの男性陣と違い、チェック柄のシャツやブレザージャケットだったり。女性の中にひとり混じっても、まったく違和感ない存在で、しかも男性から嫌がられることもなく、みんなのアイドル的な存在だった。先輩女性によると、彼は歌手を目指して上京し、デビュー直前までいったものの夢破れ(?)、会社員生活をしているのだという。ずっと前から歌舞伎町に暮らし、自宅に遊びに行った彼女によると、部屋の中にはスポットライトが設置してあるのだとか。

その彼の歌う姿、一度見てみたいと思っていたら、その機会はちゃんとあった。外資系にも関わらず、毎年行われる社員旅行の宴会のトリは彼が務めることに決まっていたのだ。そのため、社員旅行の幹事には毎年、「スポットライトのある舞台付きの宴会場」がある旅館を選ぶよう申し送りがされていた。旅行当日は、入念な化粧をして、歌舞伎町のゲイバー勤めのお友達から借りたという衣装を着て、彼はステージに立って熱唱した。スポットライトを浴びて。

それを見て、私たちの上司であるイギリス人のおっさんたちは、酔っ払って、浴衣をはだけただらしない姿で、紙テープ(←死語?)の代わりにトイレットペーパーを投げたりして、大喜びするのであった。普段はスーツをかっちり着ているイギリス紳士の豹変ぶりも、これまた見物だった。

いま思うと、かなり楽しい職場だったなぁとしみじみ。『おっさんずラブ』、最終回、楽しみだ。

『おっさんずラブ』ってほんとに人気なのね

私の尊敬する友人がいる。芸術に造詣が深い人なのだが、幅広い教養があり、驚くべきは「なんだそれ?」というくだらない知識も豊富なのだ。漫画も詳しいようだけど、「いったいどこにそんな時間があるのだ?」と思うほど、数々の海外ドラマも見ている。海外ドラマ好きの私は、彼女のお薦め情報を参考にすることが多い。

その彼女と先週、話した際に、「おっさんずラブ、今期、地上波でイチオシよ」と言われたので、早速録画してみた。テロ朝、あ、失礼、テレ朝の土曜ナイトドラマらしい。先週の土曜はすでに第6回。「こんな途中から見ても、面白いかなぁ…!?」と一抹の不安を覚え、なんとなく後回しにしていて、昨夜ようやく見てみたのだが…。

面白かった、ほんとに。笑えた、笑えた。「気持ち悪い!」とか言いながら。しかも、おホモ系は嫌いなはずの夫も、パソコンに向かっていたはずなのに、笑っていた。さすが、友人のお薦めだ。日本のドラマでこんなに楽しめたのは、久しぶりだわ。

で、今朝、車を定期点検に持っていき、代車で帰宅したのだが、FMがセットしてあったので、普段は聞かないFMをそのまま流していたら、「おっさんずラブ」が話題にのぼっていた。「へぇ~、やっぱり人気なんだ~」と感心。

そして午後、代車で再びカーディーラーに向かったら、またもFMで「おっさんずラブ」の話をしていた。「いやぁ、ほんとうに人気なんだ」と納得。もちろん、私も毎週録画にしておりますよ。ふふふ。

*ちなみに牧稜太役の林遣都君は比叡山高校出身だ!

NCISはファミリードラマ

我が家は昔から、基本的に朝ご飯と晩ご飯は家族3人で食べている。子供が中学に入って以降だろうか、いつのまにか夕飯時には、録画している1時間ドラマを一緒に見るのが習慣となっているのだが、3人共通で楽しめる英米のドラマを見ることが多い。今まで我が家で人気だったのは、『BONES』、『ホワイトカラー』、『スーツ』(ハリー王子と結婚したメーガン・マークルも出演)、『シャーロック』など。最近では『ツインピークス』や『スニッファー ウクライナの私立探偵』が好評だった。

けれど、我が家でダントツの人気ドラマシリーズといえば、『NCIS~ネイビー犯罪捜査班~』。アメリカ、ワシントンDCにある海軍犯罪捜査局を舞台とした一話完結のクライムドラマ。私はそんなに入れ込むほどではなく、夫と息子がえらく気に入っていて、なにがそこまでいいのだろうとずっと思っていたのだが…。

最近になって久しぶりにまた『NCIS』を見始めたところ、遠くにいた家族に再会したような喜びで妙に心が温かくなり、私もかなり『NCIS』にやられていることを実感。FOXで現在、シーズン15を放送中だが、我が家はまだシーズン14を見ている最中。ずっと前に録画してそのままになっていたものを、満を持して毎晩、3人で鑑賞しているのだ。

シーズン14ともなると、私たち、視聴者にとっても番組のキャラクターは長年、付き合ってきた友人のような存在になっている。そもそも、ボスのギブスを中心とした捜査班は「チーム」というより「ファミリー」なのだ。(実際、ドラマのセリフでもファミリーと言っている。)それぞれ個性のあるキャラたちの過去のトラウマなども、ファミリーは(そして視聴者も)知り尽くしていて、その都度、互いに助け合い、絆を深めていく。だから、視聴者にとっても彼らは愛おしいファミリーのような存在になっているのだ。

もちろん、長年の間にはメンバーの移り変わりもあるので、いくつもの別れや悲しい出来事もある。さらに、毎回、悲惨な事件が起こるのに、それでも最後にはジョークを言ったり、おちゃらけてしまうアメリカ的な明るさに救われることも多い。「なんだかんだ言って、アメリカ人って明るくて強いな~、前向きだな~」と感心する。

そしてもうひとつ感心するのは、このドラマがある意味、海軍の宣伝番組にもなっていること。軍関連の制度やサービスなどの広報、あるいは一般的な啓蒙を兼ねた内容になっていたり、クリスマスやその他の折に触れて、「国のために戦っている皆さん」への感謝のメッセージを発信している。日本人である私はその都度、新鮮な感動を覚えるのだが、よく考えればこれ、当たり前のことなのだろう。

ロシアでは5月9日の戦勝記念日がもっとも重要な祝日で、若者が第二次世界大戦を経験したお年寄りたちに、「国のために戦ってくれてありがとう」とお礼を言うと聞いたことがある。ひるがえって日本はどうなのか…考えさせらる。

Once a Marine, Always a Marine.


↑これは琵琶湖のクルーズ船

*関連記事『NCIS~ネイビー犯罪捜査班

第9回『お坊さんと話そう』20歳で行院、その後、比叡山の小僧に(2018.05.20.)

前回の続きで、ご住職自身の体験を伺いました。般若心経も読めない状態で比叡山行院に入り、2ヶ月の修行を終えて無事、僧侶に。大学卒業後、アルバイトで学資を貯めてから叡山学院で仏教を学ぶことになったそうですが…。

子亀みつけた

玄関前で小さな亀が歩いていた。
夏になると、大きな亀を湖の近くで見ることがあるのだけど、これはきっと子亀。
無事に大きくなってね。