今さらですが、1年半前–2012年のクリスマスの話を。
当時、小6の息子は中学受験を目前に控え、冬休みも毎日のように塾に通っていました。私にできるのは、息子のお弁当作りくらい。勉強の邪魔になってはとクリスマスの行事も控えて(?)おりました。25日も息子は塾に出かけ、私は日中の暇な時間、『永遠の0』(百田尚樹著)を読み始めました。物語にぐんぐん引き込まれ、一気に最後まで読み終えたときには部屋が薄暗くなっていました。しかも、最後は泣きながら読んでいたので、私の顔はぐちゃぐちゃ。読み終えたあとも、ひとしきり号泣したもので、目は真っ赤になり、とても見られない顔に! きょうはクリスマスらしいご馳走でも…と考えていましたが、この顔では買い物にも行けないと思い、結局、ありあわせで夕飯を作りました。
塾から帰ってきた息子はありあわせの夕飯を淡々と食べ、その後は黙々と勉強を始めました。その姿を見て、なんとなく申し訳なくなった私は、夫に「今さらだけど、クリスマスケーキ買いに行こう」と提案し、ふたりで近所のスーパーに出かけました。夜7時を回っていたので、近くのケーキ屋さんはすでに閉まっていたのです。
ところが、スーパーに行っても、クリスマスケーキは見当たりません。そりゃ、そうですよね。25日の夜ですもん。24日の夜なら、叩き売りしていたかも知れないけれど、25日の夜にはクリスマス関係のものはほぼ撤去されていました。仕方なく、ケーキ屋さんで普通のケーキを買って、急いで帰ろうとしていたら、カートを押しながらスーパーに入ってきた年配女性の姿が目に入りました。元気な頃の母のようなふっくらした体型で、髪型もあの頃の母によく似ています。しかも服装も、冬になると母が好んで着ていた紫色のカーディガンのような・・・。
見れば見るほど、母なのです。本当に、元気な頃の母なのです。思わず私はその女性を凝視していたようで、すれ違いざまにその方が私の方を見返しました。すると、まったく別人の女性の姿が・・・。
私は一瞬、呆然として、「私、少し疲れているのかしら?」と自問しました。そういえば、『永遠の0』の最後の方で、戦死した特攻隊員の幻が現れる場面で号泣したばかりでした。その影響で、私も母の幻を見たのかも・・・と自分を納得させました。私には霊感もなく、幽霊だとか、そういった類のものは一切、見た経験がないのですから。
とはいえ、母の姿に感動(&動揺)した私は、その場で夫に伝えました。
「いま、ちょっとおかしなことがあったのよ。さっきすれ違ったおばあさんが、母に見えたの。」
すると、夫はこう答えたのです。
「俺にも見えたよ。」
私はびっくりして一瞬、言葉を失いました。そして確認のため、夫にいくつか質問しました。夫が見たのも、元気な頃のふっくらした母が紫色のカーディガンを着ている姿だったのです。どうやら私たちは同じ幻を見ていたようです。あれは本当に母だったのかと思うと嬉しくて、涙があふれそうになるのを必死にこらえました。
うちの息子の中学受験をいちばん応援していたのは母だったので、息子をしっかりバックアップするように、私たちの前に出てきたのでしょうか!?
帰宅後、息子にケーキを差し出しながら、「今夜、お前の最強の支援者が現れたぞ!」とさっきの出来事を報告しました。「第一志望に絶対、受かるよ!」
亡くなってから夢にすら一度も現れたことのなかった母が、ほんの一瞬、姿を見せてくれたとは。今でもあの瞬間を思い出すと、胸がいっぱいになって、涙がでてきます。これは『永遠の0』効果だったのでしょうか。
しかし、これで合格間違いなしと確信していた第一志望に、その後、息子は落ちてしまうのです。その続きはまた後日。
by 鳩胸厚子