小さい仕事を抱えながらも、少し時間に余裕ができ、たまった新聞を読んだ。「その日に読まなきゃ意味ないじゃん」とも思うが、ここは新聞配達の区域外なので、朝起きたら新聞が読めるわけではない。その日の朝刊と前日の夕刊が郵便で届くのが、大体午前十時。しかも郵送料は自己負担なので、古新聞も読まずに捨てる気になれない。(最終的には風呂焚きに使われるのだが)。
なので、私の観点は最新の情報よりも、いかに面白いニュースを探すかにある。そして、昨日の新聞の文化欄に久々のヒットをみつけた。
「ちくわ笛に命吹き込む」
岡山市の職員の男性が、ちくわに穴をあけて笛を作り、演奏活動をしているというもの。ご本人の寄稿により、その苦労がうかがえる。
「ついに大事なことを悟った。ちくわは生きているのだ」とか、
「鯛をふんだんに使った高価なちくわが最良と分かった」とか、
「演奏後のちくわは必ず家に持って帰って食べること」とか、
思わず笑ってしまうが大切なことが書かれている。読んでいるうちに、私は笑いながらも感動を覚えた。
この文化欄には内容が学術的なもの、著名な方の寄稿なども多いが、地方の一般市民の非常にユニークな活動が本人の寄稿により発表されることもある。実は、これが一番面白い。こういう人たちをみつけてきて、全国紙に発表の場を与えるなんて、しゃれている。
もう十年以上も前の文化欄の記事を、私は今も覚えている。本職は不明だがある男性が公園の砂場などに残る犬の足跡を石膏で固めて取り続けていた。それがアート作品としてコンテストに入賞し、ニューヨークに招待された彼はセントラルパークでも犬の足跡を取り続け、「アメリカの犬は大きい!」などと感心していたのだ。なぜ、彼がそこまで足跡に情熱を燃やすのかはさだかではなかったが、そのひたむきさとたゆまぬ努力には感動した。
そう、感動の種はどこにでもある。人生はその気になれば、いくらでも面白くなるのだ。
ありがとう、ちくわ笛名人、住宅正人(スミタク・マサト)さん!
*このところ雨が続き、霧だらけです。