この地域の問題は、ただでさえ少ない人口の中で若者の数
が圧倒的に少なく、しかも若者には実質、発言権がないの
に、長老たちが決めたことについては実働部隊として従わ
ざるを得ないこと。働き盛りの年代に、負担が重すぎるの
だ。さらに悪いことには、地域を牛耳っている長老たちの
子ども世代は大体が街に出てしまっているのだ。
この地域の30年、50年先のことを考えて決めているのか?
自分の子どもや孫のことを考えて決めているのか?とこれ
まで疑問に思うことが度々あったが、答えはNOなのだろう。
子どもは街で安泰なのだから、自分が生きている間は現状
維持できればいい…という程度の認識なのかも知れない。
他人の子どもや孫は、潰してもいいくらいに思ってるのか?
朽ち果てる直前の限界集落なのに、地元民の危機意識は私
から見ると足りなさすぎる! 本当にダメになったら、市
や県や国が何とかしてくれると思っているのか? 自分の
ところだけは特別と思っているのか? こんな限界集落、
日本には山ほどあるのだから、生き残りをかけて努力をし
なかったら、淘汰されていって当たり前なのに。
日本の国自体が、限界集落へと向かっているのだと考えれ
ば、まさにここは日本の最先端。国の縮図だ。
先週、録画しておいたテレビ番組を見ていたら、まさにこ
の問題を取り上げていた。年金・医療・介護といった社会
保障について、個人が生涯に支払う額と受け取る額との差
額を世代別に計算すると、
1940年生まれ 4,850万円
1950年生まれ 1,900万円
1960年生まれ 370万円
1970年生まれ ▲750万円
1980年生まれ ▲1,770万円
1990年生まれ ▲2,710万円
2000年生まれ ▲3,260万円
2005年生まれ ▲3,490万円
1940年生まれと2005年生まれの差は8,340万円! 69歳が4歳
の子どもから、搾取している構造だ。ひとつの家族の中では
なかなかあり得ないことが、国の制度となると平気でまかり
通って、そのひずみが見え始めてきたのに、なんとなく見て
見ぬふりをして、きちんと是正することなく時が過ぎていく
なんて…。
多額の借金を背負わされる若い世代は選挙権もないから、発
言権はない。選挙権のある世代ががんばって選挙に行ったと
しても、人数で年寄りに負けてしまう。政治家や官僚のお偉
いさんだって、大半は年寄りだし、有力な支持者だって年寄
りばかり。『この国を作り変えよう』で松本大さんや冨山和
彦さんは世代別選挙を提唱していたけど、いったいそれをど
うやって実現すればいいのだ!?
アレックス・カーが言っていたように、「最終的に日本を目
覚めさせることができるのは、破産しかない」のかも知れな
い。
ご無沙汰しています。
限界集落って、どこもおんなじような構図ですよね。今が一所懸命で、将来のことまで目が向かないというか。
家の夫の地元も、四国の山深い村にあるのですが、老人ばかり。
50才くらいはまだ青二才。孫もいるような人でも、そのさらに親が生きているので頭が上がらないよう。
今もっと他のことが出来るような木がするんですけどね。
それと反対のことですが、子育て支援の政策も、金を使うところが違うと…幼稚園の先生方などと話をする機会が多くなりましたが、そのたび話題になります。
この両方に共通するのは、間に挟まった働き世代が結局なにもかも引き受けざるをえなくなっているということですね。
その場しのぎではこの国はいつか滅びると思いますよ。ほんとね。
やっぱり、田舎はどこも同じなんですね。働き盛りの世代にしわ寄せが全部きちゃうから、都会に出て非婚生活する人が増えるのも当たり前なのかなぁと。
一方で、山間部の田舎と、海辺の田舎とではちょっと気質が違うような気もするのですが、どうなんでしょうね!?