昨日の続きで、東京でバリバリ働いていた20代の頃の話をもうひとつ。
当時、私は英国系企業の東京支社に勤務していて、社内にはイギリス人が何人もいた。その中に、ハゲ・チビ・デブの3拍子が揃った愛らしいスコットランド人のおじさまがいて、社内で人気だった。スコットランド好きの私も、もちろん彼のものすご~いスコットランド訛りを聞くのが楽しみだった。他のイギリス人は、たいていエリート面して、ツンとしたタイプが多いのに、彼はとっても気さくな田舎のおじさんそのもので、相手が部長だろうが平社員だろうが清掃員だろうが、みんなに同じように「おはよう!元気?」と声をかけていた。しかも、ほかのイギリス人よりも早く出社してきて、社内を隈なく見て回る、気配りの人であった。彼はいわゆるエリートではなく(エリートなら、あれほど強い訛りはないだろう)、叩き上げでここまで出世した人だと聞いて納得。この会社に入って以降、旧大英帝国の植民地を転々としてきたらしい。しかし、海外生活がこうも長くても、きついスコットランド訛りはそのままというのは、彼にとってスコットランド訛りは、「訛り」ではなく「誇り」だったのだろう。
彼の訛りはほんとにすごくて、普段はイギリス人上司と問題なく会話している同僚たちが、戸惑うこともしばしば。たとえば、「purpose」が「パルポス」としか聞こえない。一度、会社のパーティにキルト姿で登場した際に、「どういう時にキルトを着るのですか?」と訊かれ、いくつか祝日や記念日を挙げてくれたのだが、最後に「ロベルト・ブルンズの誕生日」と言った際には、吹き出しそうになった。カタカナではイントネーションが表わせないのが残念だが、彼が言っていたのは、スコットランドの国民的詩人、「ロバート・バーンズ」。
そしてある時、会社主催の打ち上げパーティが開催されることになった。女の子大好きのそのおじさまは、当日の昼間、私たちのところにやってきて、「ハウ・メニ・ゲロズ・アー・カミン?」と訊いた。つまり、「How many girls are coming?」 思わず、「ワシらはゲロか!?」と突っ込みたくなった。で、その夜のパーティで、私はおじさまと同じテーブルだったのだが、別のテーブルでは普段は上品で神経質な若いイギリス人が、お酒のせいで顔を紅潮させて、ウェイトレスの女の子に絡んでいた。彼が何か変なことを言ったらしく、回りの人たちがたしなめていたので、私の隣にいた同僚が、「なんて言ったんでしょうね?」と訊くと、スコットランド人のおじさまが「彼女にブルジンかどうか訊いたんだよ」と答えた。同僚が「え?」と聞き返すと、おじさまは「ブルジンかどうか」と繰り返した。それでも同僚がぽか~んとしていると、おじさまが「彼はブルジンも知らないのか。なんと純粋な青年だ!」と笑ったので、同僚は私に真顔で尋ねた。
「鳩胸さん、ブルジンってなに?」
「だから~、バージンかどうかって訊いたんですよ!」と、私まで赤面するはめに。それくらいすごいスコットランド訛り、懐かしく思い出す。ちなみに、このあと、おじさまは帝国ホテルのレインボーラウンジ(今もあるのかな?)に連れて行ってくれたり、実はロバート・バーンズと同じくフリーメイソンだったり、ただの田舎のおじさんではなかったのだ。真冬の六本木も、全然寒くないと言って、コートなしのスーツ姿で闊歩していたし。
まさに80年代、バブリーな私の「ブルゾンちえみ時代」の思い出だ。