介護の人材

この前の日曜日にNHKスペシャルで「介護の人材が逃げていく」という番組を放送していました。全部は見られなかったのですが、現在100万人といわれる介護職員を10年後には150万人にまで増やす必要があるというのに、一年間で介護ヘルパーの四人にひとりが辞めているのだそうです。

私の両親も、ここ何年も介護ヘルパーさんのお世話になっているだけに、ヘルパーさんの苦しい現状を聞くと、世の中の矛盾を感じて、憤りを覚えます。多くの人が必要とする、尊い仕事をしている人たちが、生活費すら満足に稼げないなんて…。この国の高度成長はなんのためだったのかと思います。

これまでは育児介護も、金銭の報酬なしに、黙ってやってくれる人たち(その殆どは女性でしょう)がいて、それが当たり前になりすぎていたということでしょうか。

もう20年近く前に、ビートたけしが「これからは介護の仕事をする人に、風俗嬢と同じくらいの報酬を払わないとダメだろう」というようなことを言っていた記憶があります。

たとえば、銀行員の数が半分に減っても国として困らないと思うけど、ヘルパーさんが半分に減ったとしたら…。なくてはならない仕事が正当に評価されないのは悲しいことです。

いくつになっても脳は若返る』では、およそ180万年前の人類の頭蓋骨から、当時の長老が食事を食べさせてもらうなど、介護を受けていた形跡があるというエピソードが紹介されています。原人の時代の長老と、現代の長老と、はたしてどちらが幸せなのでしょうか。

現場主義

最近、熟年夫婦熟年離婚をテーマにしたテレビ番組や記事などをよく見かけます。先日も、近所の奥さんが「今まさに恐ろしいことが起ころうとしているのよ」と言うので何事かと思ったら、間もなくご主人が定年になるとのこと。家のことも、地域のことも殆ど知らないご主人が、突然、一日中家でごろごろするようになったら…奥様にとっては、恐怖でしょう。

横着者でわがままな私は、夫や子供にどんどん用事を言いつけて(!?)います。最初は私が忙しいときは、その状況を察して、家事を手伝ってくれることを期待していましたが、こちらが勝手に期待するだけでは何も起こりません。いつ、なにをして欲しいか―具体的に相手に伝えなくてはいけません。これ、職場でも同じことかも知れませんが。

同じ作業を経験すると、お互いの気持ちも前より理解できて、アイデアを出し合うこともできるような気がします。例えば、先日の保育園の問題も、先生方と普段からやりとりをしているお母さん方の間で不満がたまっていたわけですが、育児に積極的に参加しているお父さん方は、最初から真剣に対応してくださいました。育児はもっぱらお母さんまかせというお父さんの中には、「お母さんたちが集まって、なにをごちゃごちゃ騒いでいるのか? あんまり面倒なことにならないように」と冷めた反応もありました。具体的な話を知って初めて、「それは、あかんなぁ」と問題意識を持ってくださいましたが、日常の育児の現場を知らないと、「当事者」意識が欠如するのでしょう。

うちの夫も、最初は感情的に熱くなる私を冷静に見ていたようですが、自分も先生方と直接、話をしてみて、やっと私の気持ちを理解してくれました。問題を共有しないことには、問題解決に向けて共に歩むことはできません。

複数のお父さん方にも積極的に関わってもらって、今回の問題はなんとか落ち着きつつありますが、それでも「お父さん方の参加が少ない!」という女性陣からの声も聞こえました。

仕事の現場も大切ですが、家庭の現場にも普段からしっかり足を踏み入れて、「傍観者」や「部外者」にされないよう、気をつけてくださいね、お父さん方

後回し

家事も「いまやらずに、いつやるのか?」の精神で取り組みたいと書いたばかりなのに、ついつい昨晩も仕事を終えたら眠くなって、台所の洗い物をそのままにして寝てしまいました。

やはり、「後回し」はいけませんね。朝一番の仕事が洗い物って、気分悪いんですよ。しかも、ちゃんと水につけおきしておけばいいのですが、そのまま放っていた食器や鍋は汚れが固まって落としにくい。

一日のスタートは気持ちよく! そのためにも、すぐその場でできる仕事はどんどん片付けなくちゃ…。と、自分に言い聞かせています。ふぅ。

いまやらずに、いつやるのか?

本書では、後半生に四つの発達段階があると説明されています。第二段階である「解放」段階(50代半ば~70代半ば)では、「いまやるしかない」という意識が高まるそうです。

私はまだ解放段階の年齢ではありませんが、このところ、このフレーズを自分に言い聞かせています。

フリーで仕事をしていると、何よりも大切なのが時間管理。締め切りまでに仕事を終わらせるには、一日でどれだけやればいいか…。家事や育児など、他の用事に費やす時間も考えなければいけません。

あとで自分の首を絞める事態に陥らないためにも、仕事ができる時間はとにかく仕事をする。それで早めに仕事が終われば、余った時間は他のことに使えるのです。

締め切りというタイムリミットがあるからこそ、「いま、やらなければ」という意識が高まり、メリハリのきいた生活ができるのでしょう。よく考えれば、人生タイムリミットがあることに変わりはないけれど、それが「いつ」かはわからない、目の前に迫ったものではない、というのが曲者なんですね。

ところで、私の場合は、仕事の締め切りを優先する余り、家事がおろそかになり、家の中がとんでもない状況になることがよくあります。家事も、「いまやらずに、いつやるのか?」の精神で取り組めたらいいんですけどね…。

年の功(お雛様の豆知識)

保育園に飾ってあった雛人形、天気の悪い日が続き、なかなかしまえずにいたそうですが、やっときょう、子供たちも手伝ってお片付けをしたそうです。

実は、お人形さんたち、この間から後ろ向きになっていたのだとか。「早くしまわないと、お嫁に行くのが遅くなる」という言い伝えがありますが、お雛様の顔を隠すか、後ろ向きにしておけば、お雛様がお帰りになったことになるのだそうです。

これを教えてくれたのは、先生ではなく、年長者である用務のおばちゃん。さすが、年の功。生活に密着した、さまざまな習慣や知恵を教えてくれる人が身近にいることは、嬉しいことですね。

明日も子供たちは、山の奥の集落までお年寄りとの交流会に出かけるそうです。

コミュニケーションとコミュニティ

先週の土曜日、ひなまつりの日に無事に保育園の発表会が行われました。年明けから、保護者会と先生方との間で懇談会が開かれるなど、ゴタゴタがあったのですが、そもそもの発端がこの発表会だったのです。

毎年土曜日に開催されていた発表会を、今年度から赴任された新園長が平日開催としたことがきっかけとなり、保護者らが四月から感じていた不満や不安がどっとでてきたのでした。

街の園から来られた園長が、いままで通りの感覚で、ごく普通にやっていたことが、田舎の私たちには違和感があった…というのが真実なのだろうと思います。去年までと比べて、先生方とのじかのコミュニケーションが減り、その分、温かい雰囲気まで感じられなくなった…と私たちは感じていました。

合理化簡素化効率化時代の流れなのかも知れません。でも去年までは、園長が数少ない保護者全員に「発表会はこの日にしようと思うんですが、どうですか?」と声をかけてくださっていたのです。

地域のお年寄りを招く毎月恒例の行事も、去年までは子供たちが各自、近所のお年寄り宅を訪ねプリントを手渡し、「来てください」と誘っていましたが、今年からは老人クラブ会長に園長がお知らせをするだけとなり、結局、行事は形骸化して、実際には殆ど行われなくなりました。

懇談会個人面談を開催してもらい、先生方と話し合ったことで、発表会は地域のお年寄りや未就園児の方もお招きして、土曜日開催となりました。「毎年、おひなまつりには三色だんごを持って保育園に行ってたのに、今年はなんの連絡もない」と心配していたおばあちゃんにも、園長から電話を入れてもらい、発表会の休憩時間にみんなで三色だんごをいただきました。

わざわざ電話をしたり、声をかけたり…面倒なことかも知れませんが、こんな過疎の地域では、ひとりひとりじかにコミュニケーションすることが大切なのだと痛感します。なんでもない会話の積み重ねで、も深まり、信頼関係ができていく。「合理的に、効率的に」では成り立たないのが人間関係です。

この面倒臭さが「田舎」の嫌なところだと思う方も多いでしょうが、これがコミュニティの力になるのだと思います。関わるということは、協力しあうこと。地域のおばあちゃんたちが子供たちのことを気にかけて、温かく見守ってくださることを、ありがたく思います。

Dankai日本橋アカデミー

昨日の日本経済新聞の夕刊に、『Dankai日本橋アカデミー』の卒業フォーラム「人生の新しい橋を渡ろう」の告知広告が掲載されていました。

3月12日(月)13:30~17:30 マンダリンオリエンタル東京にて定員450名 受講無料申し込みは3月5日まで http://www.dankaic.com まで

講演の一部は、堺屋太一さん。そして二部はなんと、村田裕之さんではないですか!

残念ながら私は東京まで行けませんが、村田さんがどんなお話をしてくださるのか…興味津々です。ご都合のつく方は、ぜひ行ってみてください!

長いもの

私事ですが(といっても、これまでの話もすべて私事なのですが)、昨年から着付け教室に通っています。息子の小学校の入学式は着物で…という夫のリクエストで(?)、その気になったものの、生来の不器用さ加減にほとほと呆れるほど。いまもまだ、悪戦苦闘中です。

実は私は成人式以来、着物に袖を通したこともなく、結婚式&披露宴もしなかったので、着物は一枚も持っていませんでした。しかし実家には、私用の着物がきちんと揃えてあったのです。高校卒業を機に実家を出たままの私のために、両親はなにかのときに一枚ずつ買い揃えていてくれたことを知り、感謝感激することしきりです。

子供の入学式にぴったりの袋帯は、私が33歳の厄年のときに買ったものだと母から知らされました。大厄の年には、「長いもの」を贈られるとよいのだそうです。しかも、この柄を選んだのは父だと聞いて、また驚きました。

考えてみれば、大正初期生まれの父も、昭和初期生まれの母も、着物が当たり前の生活を送っていたのですね。両親の愛情はもちろんのこと、古い時代を知っている人生の先輩としての親のありがたみを、しみじみと思い知らされています。

無駄を省いたリサイクル可能な日本独特の衣装。着物は実はエコロジーに即したものだったのだのですね。母の古い着物も、私が受け継いでいくつもりです。まずは、練習、練習!

田舎暮らし(その2)

昨日の続きですが、なかなか難しい「団塊世代の田舎暮らし」を成功させている方も、もちろんいらっしゃいます。

たとえば、前にこのブログでも紹介したカフェ&ギャラリーkazeのオーナーである田北さんご夫婦。カフェは週末だけの営業ですが、この土地での時間を大切にして、地元の方々との交流も楽しんでおられるのがよくわかります。

週末に行楽に出かける都会の人はもちろんのこと、地元民も気軽に立ち寄れる「憩いの空間」を提供してくださるおふたりには、私も個人的に感謝しています。

土地の人といかにつながりがもてるか…それが田舎暮らしの一番のポイントかも知れません。 

田舎暮らし

私たち家族は、子育ての場所としてこの田舎の集落を選び、移り住んできたのですが、私たちよりもっと上の世代で、ここに移り住んでくる方もあります。定年後に、田舎で畑仕事などをして、暮らしたいという方々です。また、別荘を買ってたまに遊びに来る方や、週末だけの喫茶店などを始める方もいます。

しかし、この土地に定住するのではなく、たまに訪れるだけの人は、やがてだんだんと足が遠のいていく確率が高いようです。うちの近くの何軒かの家も、別荘として近隣都市の団塊世代の方々が入手されたようですが、お姿を見るのは一年に数えるほどしかありません。車でわずか一時間の場所でも、日々の生活に追われると、まとまった時間は取れないのかも知れません。

それにしても、りっぱな伝統的家屋も、住人がいない状態では、みるみる荒れて朽ちていきます。夏には家の回りに草が生え放題、冬に雪が降っても、雪かきをする人もありません。今年は暖冬で助かっていますが、これからの季節、また近くのおばあちゃんたちがこの空家同然の別荘の草むしりをすることでしょう。うちの夫も草刈り機を持って、この家の回りを何度もきれいにしています。持ち主の方は、きっとこんなこともご存知ないのでしょう。

この界隈で週末だけ営業していた店舗も、現在、3軒が売りに出されているとのこと。病気になったり、年をとったり、それぞれやむを得ぬ事情があったようですが、「平日は都会で、週末は田舎で」という生活も、なかなか思うほど簡単にはいかないものかも知れません。

本書では「リタイアメント・プラン」を作ることを提唱していますが、「団塊世代の田舎暮らし」も、経済面はもちろんのこと、時間のプランをじっくり考えた上で実行に移した方がいいのかも知れません。