『おっさんずラブ』ってほんとに人気なのね

私の尊敬する友人がいる。芸術に造詣が深い人なのだが、幅広い教養があり、驚くべきは「なんだそれ?」というくだらない知識も豊富なのだ。漫画も詳しいようだけど、「いったいどこにそんな時間があるのだ?」と思うほど、数々の海外ドラマも見ている。海外ドラマ好きの私は、彼女のお薦め情報を参考にすることが多い。

その彼女と先週、話した際に、「おっさんずラブ、今期、地上波でイチオシよ」と言われたので、早速録画してみた。テロ朝、あ、失礼、テレ朝の土曜ナイトドラマらしい。先週の土曜はすでに第6回。「こんな途中から見ても、面白いかなぁ…!?」と一抹の不安を覚え、なんとなく後回しにしていて、昨夜ようやく見てみたのだが…。

面白かった、ほんとに。笑えた、笑えた。「気持ち悪い!」とか言いながら。しかも、おホモ系は嫌いなはずの夫も、パソコンに向かっていたはずなのに、笑っていた。さすが、友人のお薦めだ。日本のドラマでこんなに楽しめたのは、久しぶりだわ。

で、今朝、車を定期点検に持っていき、代車で帰宅したのだが、FMがセットしてあったので、普段は聞かないFMをそのまま流していたら、「おっさんずラブ」が話題にのぼっていた。「へぇ~、やっぱり人気なんだ~」と感心。

そして午後、代車で再びカーディーラーに向かったら、またもFMで「おっさんずラブ」の話をしていた。「いやぁ、ほんとうに人気なんだ」と納得。もちろん、私も毎週録画にしておりますよ。ふふふ。

*ちなみに牧稜太役の林遣都君は比叡山高校出身だ!

今森光彦『オーレリアンの庭』のシンクロニシティ

いつもは5時半起きだけど、きょうはお休みなので朝寝坊した。朝食の用意をしてテレビをつけたら、NHK今森光彦氏の『オーレリアンの庭』という番組が始まり、その心癒される映像に魅せられ、ずっと見入ってしまった。

今森光彦氏は、琵琶湖を臨む里山にアトリエを構える写真家として有名だ。そのアトリエは、たぶん私の大好きなドライブコースのあの辺りにあるんだろうな~と前から思っていたのだが、この番組ではそのアトリエを囲むお庭の四季をあますことなく見せてくれた。『オーレリアン』とは『蝶を愛する人』という意味だとか。今森氏は大好きな(やその他のいきもの)が集まるよう、庭にいろんな工夫を施している。番組の中では特に黒いアゲハチョウが舞っているシーンが印象的だった。

今森氏があちこちに手を入れて作った里山の環境…自然の色彩があまりに美しくて、心が癒されたのだが、その後、ふと外を見たら、我が家の庭にも黒いアゲハチョウが舞っているではないか!! 今年、黒アゲハを見るのは初めてだったので、思わず外に出て写真を撮っていたら、もう一羽、黒アゲハが飛んできた。それから白い蝶も! なんだか嬉しいシンクロニシティ!!

草ぼうぼうになってしまった我が家の庭も、自然のままだからこそ(!?)いろんな生き物が来てくれるのか!? 私も心癒すお庭を作りたいものだわ。

ブログ移行のシンクロニシティ

といっても何のことかわからないタイトルですが、私は『鳩胸厚子の日記』以外にもいくつか無料ブログを(一時的に)やっておりました。そのうちのひとつが、広島の母のために作った『しんちゃん日記』。私が関西に引っ越した際には手伝いに来てくれた母ですが、その後、私が結婚した頃には旅行は無理な体になっていたので、孫の姿もお盆やお正月の帰省の時しか見せることができませんでした。赤ん坊の頃はビデオを送っていたのですが、母はパソコンはいじれたので、保育園に入った孫の様子がわかるようにとブログを作ったのです。けれど、その後、母が入退院を繰り返してパソコンどころではなくなり、ブログは休止となりました。

実はそのブログもこのサイトに移そうと思い立ち、昨晩、最初の記事を移行させてみたのです。その作業をしたのが、2018年4月16日の22時30分頃。そしてオリジナルの投稿日時を見ると、2005年4月16日22時24分。なんと、同じ日の同じ時間帯ではないですか!!! しかも、あとで気づいたのですが、この記事は本当は最初の記事ではありませんでした。私が最初の記事と勘違いしていただけ。

なんなんでしょうね、この偶然!? 
私の経験則では、シンクロニシティいい流れに乗っている時に起こるような気がするのですが…。今後何かあったら、報告します!

本屋閉店…どうすりゃいいの!?

かつて山奥の過疎地に暮らしていた頃、街の書店に行くことが我が家の楽しみでした。本屋に行くことが、ほとんど休日のイベントと化していました。夫も私も息子も本屋が大好きで、街に出かけるときは、出来る限り本屋に立ち寄ったものです。本好きの息子は、近くの町の図書館に連れて行ってもあまり喜ばず、理由を聞くと、「人の触った古い本は嫌だ…」と贅沢なことを言っておりました。(そのくせ、中学以降は学校の図書館に入り浸っているのですが。同じ学校の人たちが触ったものはOKなのでしょうか。)でも、その気持ちはわかります。本屋に入った時に感じる「新しい本の匂い」が好きなんでしょうね。夫にいたっては、新しい本の匂い(インクの匂いらしいですが)を嗅ぐともよおすらしいです。(どっちを!?)なので、本屋に行くと、夫はよくトイレに消えていくのです。

その後、我が家は町の住宅地に引っ越しましたが、相変わらず家族で本屋に出かけるのは大きな楽しみでした。しょっちゅうアマゾンで本を買っていても、やはり書店で本を手にとってみるのは楽しい時間です。書店で偶然みかけた本が、自分にとって大切な本になることも多々あるのです。以前、面白そうだなと思ったのに、「また次の機会に買おう」と思って買わずに帰った本が、次の機会にはもうなくなっていた…ということがありました。それ以来、そのとき出合った面白そうな本は、なるべくその場で買うようにしています。

私が「引き寄せの法則」に興味を持つきっかけとなったのは、2014年に『こうして、思考は現実になる』(パム・グラウト著)を読んだことでした。この本の新聞広告を何度も見て興味をそそられ、アマゾンで購入して読んだあとに、自分でも思考現実化実験をしてみたら、ぴったり一ヶ月後に「理想の家」をゲット! 以来、この実験にはまっているのですが、それはこの本を読んだ直後に、『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』を読んで、妙に納得してしまったからなのです。『こうして、思考は現実になる』は、軽い気持ちで、騙されたと思ってゲーム感覚で実践してみたのですが、エイブラハムの本はそのゲームの仕組みを解き明かしてくれたのです。といっても、一度ですんなり理解できず、ことあるごとに読み返しては理解の度合いが深まっていく感じです。

実はこの本、車で移動中にたまに立ち寄る書店でみつけました。シリーズ本が3冊、棚に並んでいたのですが、最初はちらっと立ち読みしただけで購入しませんでした。あやしさ全開のスピリチュアル系の本に思えたので、レジまで持っていく勇気がなかったのです。しかもわりと分厚くて値段も高めだったので躊躇した・・・というのもあります。

その後、その書店に立ち寄るたびに、「エイブラハム」の本があるかどうかをチェックしては、買わずに帰る…ということを何度か繰り返していたのですが、ある日、とうとう最初の1冊を買って帰ったのです。「きょう、あの本屋にまだエイブラハムの本があったら、買って帰ろう!」と心に決めていたからです。そして、その1冊に納得してしまった私は、その次に2冊目、その次に3冊目と、その書店に並んでいたシリーズ本3冊すべてを購入していました。その後、エイブラハムの本が補充されることはなく、今に至ります。

今ではこの本屋、我が家が一番よく通う本屋さんとなったのですが、先月、お店で衝撃の貼紙を目にしました。なんと、今月でこの本屋さん、閉店するのだそうです。が~ん!!! 

ただでさえ、この辺りは本屋が少なくて、せっかくできた大型書店もいつのまにか規模を縮小したり、撤退したり…。そんな状況でも、この本屋さんは独自路線で頑張っているなぁと思っていたのに。それだけ本は売れなくなっているということでしょうか。

私をエイブラハムに引き合わせてくれた書店がなくなってしまうとは…寂しい限り。こうやって時代は移り変っていくのですね。
さてさて、私もそろそろ本気でなにかを引き寄せなければ。

ananの星占い

先日の日記に書いた通り、私は1980年代後半にパリに留学したのだが、本当はその1、2年後にアメリカに留学するつもりだった。それまでに資金も十分に貯めて、試験など諸々の準備もしようと思っていた。そのとっかかりとして、どこかの留学センターのようなところに資料請求をしたところ、ある日、突然、職場に電話がかかってきた。私が目指していたのと同じようなプログラムが、パリの学校に新設されることになり、現在、学生を募集していると言うのだ。私はそもそもアメリカ留学を考えていて、フランスに興味もなければ、フランス語もできないと答えると、電話口の女性は「アメリカと同じようなプログラムをフランスに作るので、授業はすべて英語ですから問題ないですよ」と言う。しかも、「学校はパリサンジェルマンデプレ地区にあり、日本で言えば表参道みたいな感じかしら」と言われ、パリに憧れたことのない私も心をくすぐられてしまった。

まだ具体的な留学準備をしていない私に、彼女はとりあえず必要書類を提出して、面接にいらっしゃいと畳みかける。その年の10月に開講だから、今から準備すれば大丈夫!と。あまりの急展開に自分でもビックリしたが、事は動き出したら速いのかも…と思い、この流れに身を任すことにした。といっても書類選考&面接を突破しなければいけないのだが。

それでつい、面接に行く直前に私はananの星占いをチェックした。この占い、けっこう当たるとマガジンハウスの友人から聞いていたのだ。その占いによると、その時期の私のラッキーアイテムは「ピカソのプリント」、そしてラッキーカラーは「ウグイス色」。これを見て、私は「やった~!!」と叫びそうになった。

なぜなら、私はその少し前に広島の友人からピカソプリントハンカチをプレゼントされていたのだ。別に誕生日とかの祝い事があるわけでもないのに、あとで聞いてみると、「なぜか、これは厚子ちゃんにプレゼントしなきゃ!」と思って、わざわざ注文して取り寄せた品だという。普通にお店で買えるものではなかったのだ。確かに、私もこれを一目見て、とても気に入っていた。

それから、同じくその頃、私はイヴ・サンローランウグイス色のスーツを購入していた。私はおしゃれに無頓着でお金もあまりかけないタイプなので、ブランドものにあまり興味がなく、ほとんど持っていなかった。ましてサンローランなんて、とんでもない!という状況だったが、当時の職場の近くにサンローランの直営店があり、たまたまセールをやっていたので初めて覗いてみたら、ウグイス色のスーツに「5000円」の値札がついていたのだ! 日本人には好まれない色だったのだろうか。普通のスーツだって5000円ではなかなか買えないと思い、私はサイズをチェックして、即購入! レジでお店のスタッフも、「え? 5000円?」と驚愕していた。(まさか値札を書き間違えたわけじゃないよね!?)

かくして私はサンローランのスーツに、ピカソのプリントハンカチをしのばせて、パリ留学のための面接に挑んだのである。面接官として出てきたのは、私に電話をしてきた女性だったのでびっくりしたが(さらに面接場所も青山だった!)、「私も彼女とパリに行きたい!」と思わせる素敵な方だった。(実際、この方、後にどんどん出世していかれるのだが・・・)

そうして、私はその年の秋に渡仏し、パリサンジェルマンデプレ界隈で暮らし始めた。2年弱のパリ生活は、本当にめくるめく夢のような日々だったのだが、これについてはまたいつか!! 

大杉漣さん急逝とベイブルース河本くん

2月21日に俳優の大杉漣さん急逝のニュースが報じられたあと、ネットでこんなことが話題になっていると子供が教えてくれた。大杉漣さんが亡くなる前に、Yahoo知恵袋に大杉さんの死亡日は?という質問が投稿され、その回答締め切り日が亡くなられた日だったというのだ。質問者は、ほかの質問は投稿しておらず、この質問をするためだけにID登録したのだろうかという憶測まで飛んだという。この質問はすでに削除されているが、検索するとキャプチャーした画像が出てくるらしい。

なんとも不思議な話だが、これを聞いて思い出したことがある。吉本の漫才コンビ「ベイブルース」をご存知だろうか? 私も詳しくないのだが、90年代にほぼ関西ローカルで活躍されていたので、全国的にはあまり知られていないかも知れない。私も当時、東京にいたので、東京のテレビで彼らを見たことはないのだが、関西在住の友人がビデオ録画して送ってくれていた神戸サンテレビ上沼恵美子の番組などに出演していたのだ。悩み相談番組だったと思うが、「ベイブルースの河本くんって面白い。この人は売れるな!」と思って見ていた。

ある時、先輩に誘われて珍しく飲み会に行き、初対面の男性(先輩の友人)と話していたら、関西出身のその方とお笑いの話になり、「ベイブルース、知ってる? 面白いよね。」と言われて盛り上がった。その時、私は「ベイブルースの河本くん、面白かったですよね~」と話しながら、ふと思ったのだ。「私、なんで過去形で喋ってるんだろう?」と。

そして翌日、飲み会明けで寝坊して、テレビをつけたら芸能ニュースで「ベイブルース、河本栄得さん急死」と報じていたのだ。びっくりして目が覚めた。もしかしたら河本くんの魂がこの世を去るとき、日本中の河本ファンにメッセージを送ったのだろうか!? だから私たちはあの日の夜、河本くんのことを思い出して、話していたのだろうか!? (それも過去形で!)

大杉漣さん、ベイブルース河本さん、才能あふれるおふたりのご冥福をお祈りいたします。
(*河本栄得さん、誕生日の前日の1994年10月31日、劇症肝炎による脳出血のため25歳と364日で死去。)

小さな引き寄せ(デコポンとお宝トマト)

私はデコポンが大好きで、毎年、故郷の広島から取り寄せていたのに、今年は申し込みをするのを忘れて、どうしようと思っていたのだが、昨日、スーパーに行ったら、デコポンの箱売りをしていた。それもけっこう安く! (残念ながら広島産ではないけれど)

このお店に時々寄るのは、私が通うジムから近いこともあるのだが、たまにほかのスーパーでは見かけない広島産の商品が置いてあるのだ。それも私の実家の近所の会社の製品だったり、私が生まれた町の製品だったり。地名を見るだけで思わず懐かしくて買ってしまう。

で、昨日は「デコポン、買おうかな」と思いつつ、広島産でなかったことから一度は売り場を通り過ぎたのだが、レジに行く直前に「やはり買おう。箱売りであの値段はかなり安い!」と思い直し、売り場に戻った。その途端、店のおじさんが「は~い、今からデコポン、半額にするよ~!」と声を上げたので、私は既にかなりお安いデコポンをさらにその半値で手に入れたのであった。ラッキー!! 見た目はB級だけど、味はA級で大満足。

ところが、昨日、そのスーパー、休日前の叩き売り状態で、トマトは売り切れていた。私はなるべく毎日、トマトを食べることにしていて、このスーパーに来ると必ずトマトを買うのだが、売り切れなんて滅多にないこと。「ああ、明日のトマトがないなぁ」と思いながら帰宅したのだが、そしたらきょう! 広島の実家の事務所を借りてくださっている会社の社長さんから、倉橋島お宝トマトが届いたのだ。毎年のことだけど、いつ届くかはその年によってまちまちなので、びっくり。

なお倉橋島お宝トマトは、県外には出荷されておらず、広島県内のスーパーでも手に入りにくいという人気のトマト。ほんとに、普段食べるトマトと味が違うんです。嬉しい!!

 
これが倉橋島のお宝トマト!

インフルエンザと四十九日の思い出


↑瀬戸内の倉橋島から届いた牡蠣

この冬はインフルエンザが大流行とのこと。先日、うちの子もインフルエンザになり、学校でも学級閉鎖が相次いだ。

私が最後にインフルエンザになったのは、4年前。しかも、1月と2月と2度もかかったのだ。といっても病院嫌いの私は、2回とも病院に行かなかったので、本当にインフルエンザだったかどうかはわからないが、インフルエンザとしか思えない高熱と身体の痛みだったのだ。(インフルエンザであっても、風邪であっても、おとなしく寝るのが最良の治療だと思っているので、よほど異常がない限り、私は病院には行かない。病院に行く方がしんどいもの。)なんで2回もインフルエンザになったかといえば、それだけ免疫力が落ちていたからだろう。そして、それには理由がある。

1月の初めに父が亡くなっていたのだ。百歳の大往生だったし、その前年の秋頃から「もう長くはないな」と感じていたし、年末に広島まで会いに行ったときも、「これが最後かも知れない」という気もしていたので、父の死に際しても特に悲しいとかショックとかいう気持ちはなかった。むしろ本当の自然死を迎えた姿に感動したし、回りの人たちにも感謝の気持ちでいっぱいだった。とはいえ、葬儀はもちろん、さまざまな手続きや、苦手な親戚との久々の再会など、疲れることもたくさんあったのだ。そして自分では気づいていなかったけど、父がいなくなったことで、ぽっかり心に穴があいたのだと思う。

だから、1月下旬に大学の同級生の結婚パーティに呼ばれたときも、寂しい気持ちを紛らわすかのように出かけて行った。久々の東京で、しかも夜のパーティなんていうのも久々で、お酒も入り、その晩は同級生夫婦の家で朝方近くまで語り明かした。そして翌日はそのまま、昔の職場の同僚と会ってランチをして、午後の遅い時間まで喋り倒して、帰りの新幹線で爆睡して帰宅したら、インフルエンザになったのだ。恐らく、新幹線で口を開けて爆睡している間に(恥ずかしい!)感染したのだろうと思う。久々の夜遊び&お酒が祟ったのか、本当に苦しかった。

そして翌2月下旬の週末、父の四十九日の法要を広島の実家で行うことになった。その前日、夫が仕事から帰宅したら車で広島に向かうことになっていたが、その日の午後から私はだんだんしんどくなり、出発時に体温を計ったら38.6度だった。助手席に座っているのもしんどくて、翌日の法要も大丈夫だろうかと不安だった。しかも、誰も住んでいない実家の仏間やリビングなどを翌日の法要までに掃除するつもりだったのに、こんな体調では明らかに無理。夫は「なんとかなるさ」と言うけれど、私はしんどくて返答もしていられなかった。

ところが、夜中近くに実家に到着すると、家の中がめちゃくちゃきれいだったのだ。床がぴかぴかなのはもちろんだけど、仏間の破れていた障子も張り替えてあるし、窓ガラスもぴかぴかで、しかもレースのカーテンも真っ白。まさに、「なんということでしょう!!」と叫びたい状況。お陰でその日はそのまま寝て、翌日の法要もなんとか倒れずにやり終えた。

翌日確かめたところ、実家の事務所を借りてくださっている会社の社長さんが、四十九日の法要の前にお掃除してくださっていたと判明。年末に帰ったときにも、実家の玄関廻りがぴかぴかになっていて驚いたことがあるのだが、掃除が苦手な私には信じられないほどのお掃除ぶりに尊敬&感動&感激の嵐だった。

翌日、社長さんにお礼を言うと、奥様が「うちの主人は掃除が趣味なんですよ。家でも私が帰宅すると窓ガラスがぴかぴかになってたり。だから気にしないで下さいね」と言ってくださった。なんというご夫婦だろう。

これもある意味、引き寄せだろうか。掃除を引き寄せるって、なかなかないと思うけど。
ちなみについ先日、この社長さんから大量の牡蠣が送られたきた。毎年、音戸ちりめん倉橋島お宝トマトも送ってくださる、ありがたい方なのだ。感謝感謝。

そうそう、今年も半月ほど前、インフルエンザ大流行の最中に日帰りで東京に行って来たのだが、体力も回復したのか、今回はインフルエンザにもならず元気そのもの。新幹線の中で行きも帰りも女3人で喋り続けていたのが良かったのかも。

結婚記念日を終え、天中殺について考えた

結婚記念日、日曜日だよ」と息子に言われ、おとといの日曜日は3人でお祝ランチに出かけました。しかし、月曜になってわかったのですが、息子は日曜日にインフルエンザを発症していたようです。小学校以来のインフルエンザ…。本人曰く、疲れが溜まっていたそうです。

ところで、結婚記念日については、このブログ日記で何度も何度も書いた気がしますが、私と夫は算命学の大家の助言に従い、私が天中殺に入る直前に入籍しました。本当は節分(2月3日)の前日の2月2日に入籍を予定していたのに、夫の書類が間に合わず、一時はどうなることかと思いましたが、その年の旧正月が2月5日だったので、無事に2月4日に入籍して、今に至ります。今も、この人と結婚できて本当によかったと毎日、感謝する日々です。

ところで、眞子様と小室圭さんのご結婚に向けた行事の延期を宮内庁が発表したとのこと。実は眞子様も私と同じ戌亥天中殺。昨年の婚約内定の発表後、「眞子様、天中殺に結婚されるなんて、大丈夫かしら?」と勝手に心配していました。

当初の予定では、納采の儀 2018(平成30)年 3月 4日(日)、告期の儀 2018(平成30)年 10月 7日(日)、賢所皇霊殿神殿に謁するの儀 2018(平成30)年 10月31日(水)、朝見の儀 2018(平成30)年 10月31日(水)、入第の儀 2018(平成30)年 11月 4日(日)、ご結婚式 2018(平成30)年 11月 4日(日)と、すべて眞子様の天中殺期間。しかも「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」から「ご結婚式」までは年の天中殺だけでなく、月の天中殺にも当たっています。

小室圭さんは、2月4日から4月4日が月の天中殺なので、納采の儀はまさにその期間。それが月の天中殺に入った途端、その予定が延期されたという…。小室さんの天中殺は2022年からなので、2020年に延期であれば問題なさそうですが。

皇室の方々はこういった大切な日取りについて、算命学でなくとも、なんらかの方法で縁起の良い日を選ぶということはされないのでしょうか!? それとも、そういうことを考慮した上での当初の予定だったのでしょうか!? ともかくも、天中殺のご結婚を回避されたことが吉と出るよう、影ながら眞子様のお幸せを願っております。

ビアトリクス・ポターの引き寄せ

去年の秋から機会あるごとに集まる(私を入れて)3人グループがありまして、その都度、「これからどんな仕事をしていきたいか」、「どんな風に生きていきたいか」、「何を引き寄せたいか」等々、お喋りしています。それも単なる井戸端会議ではなく、楽しくも真剣なお喋りで、いつもあっという間に時間が過ぎてしまいます。毎回、刺激的&クリエイティブなアイデアをたくさん持ち帰るのですが、実行力のない私は、いまだいろいろと企画を温めている段階です。

3人の中でも一番、行動力のある友人は、昨年、ピーター・ラビット関連のイベント企画を実現しました。私も参加したおかげで、ピーター・ラビットの作者、ビアトリクス・ポターの人生について、初めて知ることとなりました。19世紀のイギリスの裕福な家庭に生まれながら、自らの興味の赴くままにキノコの観察・研究や、絵本制作に取り組んだビアトリクス・ポターは、その時代としては革新的な自立した職業婦人(絵本作家)として活躍し、また湖水地方の農場経営をしながら環境保全に尽力し、その広大な土地は遺言によりナショナルトラストに寄贈され、そのお陰で湖水地方は今も美しい自然溢れる観光地となっているのです。彼女の人生の物語も、ドラマチックで学ぶところが多く、これもまさに友人のおかげと感謝しました。

実は友人からこの企画の話を聞いて、古い友人からピーター・ラビットピルケースをもらったことを思い出していました。中高時代、親しくしていて、大学でも仲良くしていたのに途中で絶交されて音信不通になり、7年後にパリで偶然再会したという友人です。(詳しくは過去の日記を参照→2011年2月19日2006年3月9日
再会の後、東京で時々会うようになり、よく海外に行っていた彼女から、イギリス土産としてもらったのがピーター・ラビットピルケースでした。彼女は持病のせいで、一生、薬が手放せないと言っていたので、ピルケースは必需品だったのかも知れませんが、当時の私は病気知らずで、そもそもこんな「ピルケース」なるものがあること自体、知りませんでした。しかもピーター・ラビットが好きだったわけでもないし、どうしてこんな(高級そうな)ものを…と不思議に思っていました。そして、ピルケースを使うことのない私は、そのままそのお土産をどこかにしまいこんで、結局、それがどこにいったのかわからないままになっていたのです。

そうしたら、なんと! 昨年の大晦日に大掃除をしていたら、このピルケースが出てきたのです! これもある種の引き寄せでしょうか!?
しかも、私がもらっていたのは「あひるのジマイマ」のピルケースでした。実は、これをプレゼントしてくれた友人とは、お互い、何度も引っ越したり、あちこち移動していたせいで、その後、また音信不通になり、いまどこでどうしているのかまったくわかりません。

それにしても、彼女はどうしてこれを私にくれたのでしょう? 彼女はビアトリクス・ポターのファンだったのか? もしかしたら、自分とお揃いのピルケースをくれたのか? さて今度は、ピルケースの友人を引き寄せなければなりません。