進化するポケモンGOのSNS化

昨年末にポケモンGOについての記事を書いたのだが、相変わらず今も夫婦でポケモンGOを続けている。昨年末には、「このゲームをするために、あちこち歩き回ることになるので、ポケモンGOが中高年の健康法になっているのでは?」という話を書いたのだが、最近では少し様相が変わってきた。この夏が暑すぎて、炎天下を歩き回るのは自殺行為(!!)という事情もあり、今ではほぼ車で移動しながらポケモンGOをしている。

もともとゲームなど一切やったことのない私は、地道にひとりでポケモンを捕まえて、経験値を溜めて、少しずつレベルアップするだけで十分満足だったのだが、いつからか「リサーチ」というものを課せられるようになり(無理にやらなくてもいいんだけど)、そのために「ジムバトル」だとか「レイドバトル」なるものに参加するようになった。「リサーチ」の内容はさまざまだけど、それをクリアすると、「リワード」がもらえるのだ。

ジムバトル」は、ポケモンジムに行き、ひとりで勝手にやればいいのだけど、「レイドバトル」はちょっと違う。各ジムに、時たま強いポケモンが現れるので、その時間に合わせてトレーナーたちが集まって一斉に戦いを挑み、もし勝利できたらそのポケモンをゲットする権利を得るのだ。たまに期間限定で、ものすごく強力なポケモンが出現するらしく、そういう時には大勢の人がそのポケモンを狙って集まってくるという。「レイドバトル」は1度に20人まで参加できるのだが、強力なポケモンの場合は少人数では太刀打ちできないので、なるべく20名に近い人数が集まるのが理想的。

そんなわけで、最近は特に週末の夜になると、夫の職場の上司から呼び出しがかかることがある。「何時にどこどこのジムにこれこれのポケモンが現れるから、都合がつくならレイドバトルに参加しろ」とのこと。なるべく人数が多い方がいいので、私も一緒に参戦するようになった。ついに、私もレイドバトル経験者となったのだ!

都会の状況はわからないが、ここは地方都市ゆえ、たいていみんな車で集まる。駐車スペースのある駅などのジムに行くと、毎回、15人くらいがバトルに参加している。たいてい近所の人たちなので、なんとなく車を覚えて、「ああ、あの車も来ている」と顔見知り(!?)ができていくようだ。顔ぶれを見ると、だいたい40代、50代が中心だろうか!? 集まるといっても、レイドバトルは普通180秒なので、あっという間にみんな解散していくのだが、そこで強力ポケモンをゲットできなかった人はまた次のレイドバトルを探しに行くこともあるらしい。

殆どの方が私より格上で、ポケモンに詳しく、入れ込んでいて、私は会話すらできないのだが、とりあえずレイドバトルのためだけに集まっているので、無駄な社交は一切なし。とりあえず、ひとりで地味に勝手にやってても大丈夫そうだ。

とはいえ、最近のポケモンGOにはフレンド機能がついて、フレンド登録した人とギフトポケモンの交換ができるようになった。しかも、先日、「新たに3人のフレンドを作る」というスペシャルリサーチを課せられた。夫しかフレンドのいなかった私は困ってしまったが、SNSで大学の同級生がポケモンフレンドを探していることを知り、なんとかリサーチクリア! 現在、海外在住の同級生からギフトが送られてくるのが毎日の楽しみになっている。

こうやって旧交を温められたのはありがたいのだけど、正直、これ以上のポケモンGOSNS化を私は望まない。私にとってポケモンGOはある意味、ダイエットのように、密かにひとりで地道に成果を楽しむものだから。だがダイエットもひとりで密かにやるよりも、周りの人たちに宣言してやる方が成果が出るとも言うし…。この方向性は正しいのかも知れないけれど、ポケモンGOはこれからどこに向かっていくのだろう!? どんどん進化していることは確かみたいなので、なんとか追いついていけるよう、私も進化していかねば。

*2017年12月22日の記事『ポケモンGOは地方都市の中高年の健康法

*2017年12月30日の記事『ポケモンと仏様の世界

『ミッションインポッシブル6/フォールアウト』と『クロッシングライン~ヨーロッパ特別捜査チーム』

お盆休みに夫のリクエストで『ミッションインポッシブル/フォールアウト』を見てきた。久々の映画館! やはり、こういう作品は映画館の大スクリーン、大音響で見ないとね。私は特にこのシリーズのファンではないのだが、この予告編を見て、「見たい!」と思ったのだ。↓

ここで効果的に使われている曲は、私が大好きだったドラマ『クロッシングライン~ヨーロッパ特別捜査チーム』のテーマソングだったのだ。ラスベガスを本拠地に活動しているアメリカのオルタナバンド、Imagine Dragonsの「Friction」という曲だ。

映画の予告編では、この曲が映像とシンクロして始まり、やがてこの曲と『ミッションインポッシブル』のテーマ曲もシンクロしていく…。ものすごい編集技! 映画を見終えた今も、これは予告編の最高傑作だと断言できる。しかし残念なことに、この曲は映画本編には一切出て来ない。がっかり。

ちなみに、ドラマ『クロッシングライン』の予告編はこちら↓。(「Friction」は残念ながら流れない)

これは、オランダ、ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)の特別捜査チームの物語。国境を越えて複数の国にまたがる事件が起きた際に、このチームが登場する。今のところシーズン3まで。(続きが見たいのに、もしかして打ち切り!?)捜査官の顔ぶれは、シーズンごとに多少入れ替わるのだが、チームを指揮するのはずっとドナルド・サザーランド! シーズン3では、(私は見てないけど)『LOST』に出演していたエリザベス・ミッチェル、『ER緊急救命室』のコバッチュ役のゴラン・ヴィシュニックなどが捜査官として活躍する。

国際刑事裁判所は実在するけれど、こんな特別捜査チームが本当にあるのかどうか、私は知らない。けれど、まさに国際機関として、ヨーロッパ各国とアメリカの捜査官がチームを組んで、ヨーロッパ各地に飛んで捜査を進めていく様子はスリリングだった。しかも、毎回、ヨーロッパ各地の素晴らしい景色を見ることができ、捜査官のそれぞれのお国柄がわかったりという楽しみも。しかし、ドラマ自体は最新のリアルな組織犯罪を暴いていくという、ちょっと背筋が寒くなるような、ディープでダークな内容なのだ。

ミッションインポッシブル』は、トム・クルーズは絶対死なないとわかっているので、安心して見ていられるけど、『クロッシングライン』は時に捜査官が突然、殉職することも…。しかし『ボルジア家』と同じく、尻切れトンボで終わってしまったこのドラマ、誰か制作費を出して続編、作ってくれないだろうか。

そういえば、『ミッションインポッシブル』を見て気がついたのは、中国のアリババが出資していたこと。どおりで悪の黒幕として中国が出てくることはなかった。唯一登場した(たぶん)中国系の謎の男もめちゃくちゃ強くて、トム・クルーズともうひとりが二人がかりで挑んでも勝てなかった。つまり「中国は悪の国ではないけれど、中国人はめちゃくちゃ強くて勝てないぞ」という印象操作かな!?と深読みしてしまった。

『さらばわが愛/覇王別姫』と香港・北京の思い出

先日、『普通の人々』に続けて見たもう一本の映画、『さらばわが愛/覇王別姫』(1993:中国・香港合作)は、当時、香港映画にはまっていた私が試写会を含め、何度も見た作品だ。その頃、私は外資系企業から雑誌の出版社に転職していたので、この映画の記者会見に行き、陳凱歌(チェン・カイコー)監督と主演のレスリー・チャンに質問をした。(でも、何を訊いたのか思い出せない!)しかも、その何年か前に、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の著書『私の紅衛兵時代 ある映画監督の青春』を読んでいたので、記者会見後はこの本にサインまでもらってしまった! なんというミーハー!

この映画の舞台は北京。子供の頃から厳しい修行を重ねた京劇の名優コンビの物語で、時代は1920年代から日中戦争文化大革命を経て、四人組の失脚後まで。ふたりが演じる『覇王別姫』は、前漢の高祖に敗れた項羽が愛姫虞美人と最後の宴を開き、そこで虞姫が剣の舞をした後、その剣で自害するという史実に基づく京劇の演目で、「四面楚歌」の由来となった有名な物語だ。

時代に翻弄されながらも、逞しく生きてきた主人公たち…なのに、彼らにはさらに試練が待っていて、中国ってほんとに、これでもか、これでもかっていうくらい過酷な国だよなぁと思う。日本軍はもちろん憎い敵ではあるのだが、それでも京劇(中国文化)を理解し、敬意を持って扱った人たちとして描かれている。なのに、文化大革命により中国の伝統文化は否定され、破壊されるのだ。中国・香港合作の映画なのに、これを見る限り、「日本軍はまだ全然マシだったよなぁ」という描き方だ。文化大革命をもろに体験している陳凱歌(チェン・カイコー)監督だからこそなのだろうけれど、1993年にはこういう作品を作ってもOKだったということだ。(現在だと、どうなのだろう!?)

私が中国に太極拳を習いに行ったのは、この映画が公開された数年後のことだが、この頃、中国政府は中国武術をオリンピック種目にすべく、いろいろと活動していると聞いた。だから、海外からの太極拳を始めとする中国武術の留学生も好意的に受け入れていたのだと思う。武術を世界的な競技にするためなのか、私たちは中国政府が制定した簡化太極拳というものを習い、大会で競うのもあくまでも「表演武術」だった。素人の留学生にも、中国の大会で優勝経験がある優秀な先生方が教えてくれたのだが、その先生方の高齢の師匠たちは、文化大革命中はこっそり隠れて武術の練習をしていたと聞いた。武術という伝統文化も、弾圧されていたのだ。

この映画を見たあと、私は実際に京劇『覇王別姫』を観に行った。踊りといい、音楽といい、かなり楽しめたと記憶している。その後、中国の伝統楽器の演奏会にも行ったのだが、国家一級演員による太鼓や二胡のソロ演奏は、ヘヴィメタのギターやドラムソロにも匹敵する超絶技巧だった。香港では、ジャッキー・チェンやチョウ・ユンファなどが国家一級演員に選ばれていると聞くが、私が見た音楽家もかなりすごい方だったのだろう。

話が逸れてしまったが、『さらばわが愛/覇王別姫』で、覇王役の小楼を愛する女形の蝶衣の悲恋を演じきった主演のレスリー・チャンはその後、香港のウォン・カーウヮイ監督の『ブエノスアイレス』に主演。これもゲイの物語なのだが、私は幸運にもこの映画の記者会見&クランクインにも香港で立ち会った。友人(日本人)のアシスタントとして、連れて行ってもらったのだけど、撮影がクリストファー・ドイルということもあり、現場には広東語北京語、そして英語が飛び交っていた。レール上のカメラが移動する際に、香港人と思われるスタッフが友人に対して英語で「気をつけて」と言ったのに、その隣にいる私には北京語で「気をつけて」と言ったので、私は大陸から来た中国人と思われていたのであろうか。実際、その時の私は北京から駆けつけていたので、北京の匂いでもしたのだろうか。香港には何度も行ったけれど、あのときだけは土産物屋でも、空港でも、北京語で話しかけられたことを思い出す。

ブエノスアイレス』の記者会見には、レスリー・チャンに加えて、トニー・レオンも参加していて、私はトニーに釘付けになった。それまで映画を見て、色気のある人だと思っていたけど、生で見るとその色気はハンパなくて、殆ど何も喋っていないのに、たぶんその場にいた女性たちは彼に軒並みノックアウトされたのではないだろうか。その時、私はものすご~く後悔していた。実はその何年か前、同じくウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』という映画の応援団に入った際、プロモーション来日したトニー・レオンカリーナ・ラウとのミーティングなるものが企画されていたのに、私は坂本龍一の武道館ライヴと重なっていたため、悩んだ末にライヴに行ったのだ。トニーカリーナは当時から私生活でもカップルとして有名だったこともあり、特に興味がなかったのだが、あとで聞くと、ふたりを交えてみんなで夕食をしたというではないか。その時も、少し後悔したのだけど、香港での記者会見で生トニーを見たら、「なんであのときライヴに行ったんだろう」と、本当に本当に後悔した。

トニーは長年のパートナー、カリーナと2008年にブータンで結婚。つい最近も誕生日を迎えたトニーの写真をカリーナインスタグラムに投稿するなど、相変わらず仲が良さそうだ。

一方、レスリーは『さらばわが愛/覇王別姫』の蝶衣と同じくゲイであると言われていたが、その役柄を地で行くように、2003年4月1日香港のマンダリン・オリエンタルから飛び降りて亡くなった。映画と同じくあまりにショッキングな最後(最期)だが、彼の作品を今でも見られることが救いである。

今になって初めて見た映画、『普通の人々』

懐かしい『マネーピット』を見たせいで、今週は録り溜めている昔の映画を次々と見ている。昨日は1980年のアカデミー賞4部門受賞作品であるロバート・レッドフォード監督の『普通の人々』と、1993年の香港・中国合作、陳凱歌監督の『さらばわが愛/覇王別姫』の2本を見てしまった。

実は私が『普通の人々』を見たのは、昨日が初めて。ロバート・レッドフォードが昔から苦手な私は彼の作品を積極的に見てこなかった。といっても、これは監督作品なので、レッドフォードは出演していないのだが、初監督作品として話題になってアカデミー賞も獲ったのに、なぜか見る気にならなかった。それをなぜ今、見る気になったかと言えば、数日前に見た『THIS IS US 36歳、これから』というドラマの中で、この映画が話題になっていたからだ。このドラマ、アメリカで2016年のトップ10番組に選ばれたとかで、なかなか面白い。魅力的な愛おしいキャラクターが勢ぞろいで、今私がもっとも楽しみにしているドラマなのだ。

で、『普通の人々』。前もってなんの知識もなく見始めたので、いろいろとビックリ。この映画でティモシー・ハットンが有名になったことは知っていたけど、主演はドナルド・サザーランドだったのだ。(『24』のジャック・バウワー役のキーファー・サザーランドのお父さんだ)。今ではすっかり白髪の髭面でモゴモゴと話す姿が定着してしまって、「ああ、若い頃はこんな色の髪で、こんなにはっきり喋っていたんだ~」と再確認。

映画は、ヨットの遭難事故で兄が亡くなり、自分だけ生き残ってしまったことから自殺未遂をしてしまった高校生の弟(ティモシー・ハットン)とその両親の物語なのだが、弟がセラピーに通う精神科医が『NUMBERS 天才数学者の事件ファイル』でお父さん役だった俳優さん(ジャド・ハーシュ)でこれまたビックリ。さらに、弟が親しくなる女子高生が、よく知っている顔だなぁと考えていたら、『ダウントン・アビー』の伯爵夫人役のエリザベス・マクガバンだった。これが彼女の映画デビュー作だったらしい。

映画に登場する一家は、『普通の人々』という割にはかなり裕福そうで、周囲は白人オンリーという、現在のアメリカではきっと既に普通ではない人々に思えた。少なくとも、マジョリティとは言えないだろう。それが証拠に、私が一番最近見たティモシー・ハットンは2015年にアメリカで話題となった『アメリカン・クライム』というドラマで、息子を殺された貧しい白人の父親を演じていた。実は息子はドラッグの売人をやっていた気配があり、息子を殺した犯人はヤク中の黒人で、さらにメキシコ移民、その移民2世のギャングなども登場し…現在のアメリカ社会の暗部が描かれた、ものすご~くハードでヘヴィーな物語だった。アメリカのドラマには珍しく、救いがないのだ。これが現実なのかも知れないが。だからトランプ大統領が登場したのね…と変に納得してしまうドラマだった。『普通の人々』が公開された1980年から40年弱の間に、アメリカ社会がこれだけ変貌したということなのだろう。

さらばわが愛/覇王別姫』については、また今度。

何度でも笑える映画『マネーピット』(トム・ハンクス主演)

数日前、家族と「一番好きな映画はなに?」という話になり、思わず考え込んでしまった。最近は映画から遠ざかっているが、東京で一人暮らししていた20代~30代の頃は頻繁に映画館に通っていたし、ビデオも加えたら、かなりの数を見ているはずだけど、もう遠い過去の話…。それでもいろいろ考えるうちに、好きだった作品が次々と思い出されてきた。でも、この中でどれか一つ選ぶのは至難の業だ。

個人的には、リアルな生活は明るく楽しいのが一番だけど、映画や音楽は暗いものが好きなので、映画シリアス系がけっこう好みなのだが、こうやっていろいろ考えて、もう一度見てみたいと思ったのが、若きトム・ハンクスが主演のコメディ『マネーピット』(1986年)だった。

若き…と言っても、トム・ハンクスが30歳の頃、『ビッグ』がヒットする2年前の作品で、製作総指揮はスピルバーグだ。ロックスターの顧問弁護士のトム・ハンクスと、オーケストラのビオラ奏者のガールフレンドが、ニューヨーク郊外の豪邸を格安で手に入れたはいいが、リフォームしてみたら、あちこちが壊れていて、どんどん工事が大掛かりになっていくという悲惨なお話。タイトルの『マネーピット』は「金食い虫」という意味だそう。

これ、単なるドタバタコメディなのだけど、この頃のトム・ハンクスの愛らしさと言ったら! 家がどんどん壊れていって、ヤケクソになったり、途方に暮れたりする姿が、あまりにおかしくて、何度見ても大笑いできるのだ。この作品、実は映画館ではなくレンタルビデオで初めて見たのだが、あまりに面白いので、その後、レーザーディスクを購入した。それ以降、むかつくことがあったときや、なんとなく落ち込んだときには、この映画を見るのが習慣となっていた。時間がないときは、「二階の床に穴があいて、絨毯ごと穴にはまって抜け出せなくなったトム・ハンクスが困っている」場面だけを見る。このシーンを見ると、どんなに悲しいときでも絶対笑えたのだ。

その後、レーザーディスクプレイヤーが壊れてしまい、私が大量に買い込んでいたディスクも、大掃除の際に夫に言われて、すべて廃棄してしまった。(昔、カールスモーキー石井レーザーディスク5千枚持っていると、どこかで読んだ記憶があるのだが、それが今、どうなっているのかちょっと気になる。)昔、好きだった映画を今になって有料チャンネルでみつけては録画しているのだが、『マネーピット』ももちろん録画済み。思わず懐かしくなって、家族との会話のあと、何十年かぶりに(!?)見てしまった。そして、やっぱり笑ってしまった。大声を出して本気で笑える場面がいくつもあるなんて、ほんとすごい。

この頃のトム・ハンクスの出演作品はほぼ網羅したけど、私の中ではやはり『マネーピット』が一番だ。アレクサンダー・ゴドノフが共演というのも、すごい。ニューヨーク公演中にアメリカに亡命したボリショイバレエの大スターだったゴドノフさんが、いや~な性格の指揮者の役でコメディに出演しているのだ。(ゴドノフさんは1995年に45歳で急死。死因は急性アルコール中毒らしいけど…)

とはいえ、ここ20年弱は『マネーピット』が手元になくてもまったく気にならないくらい、楽しく暮らしていたのだなぁとしみじみ。いや、もちろん大変なこともあったけど、家族がいるとオッケーみたいだ。今回は夫と一緒に『マネーピット』を見て大笑いできて、幸せだなぁと思う。

インターネットの怪

ここ何日かの間に不思議なことが続けて起こった。

まず、私の携帯のアドレスに知らない人からメールが届いた。読んでみると、私の友人に宛てた内容だったので、すぐにその友人に転送した。どうして私のところに届いたのか、わからないまま。友人から、「ありがとう。なんでだろうね!?」という返事が来て、とりあえず一件落着。

その2日後、スマホで購読登録をしているポッドキャスト番組が更新されていたので、聞いてみたら、まったく違う番組が流れてきてビックリ。調べてみると、同じ日に更新された別人の番組であることがわかった。でも、どうして!? 私と同じ番組を聞いている友人に、「別番組が流れてくるよ、変だよ」と連絡したところ、ちゃんといつも通りだという返事が…。え、なんで、私だけ!? それで、一度、購読登録を解除して、再度、その番組を検索して聞いてみたら、ちゃんといつも通りだった。え~、あれはなんだったの~!?

そこで2日前の謎のメールのことを思い出し、もう一度、受信メールを見てみたら、知らない人からのメールは消えていた。私が友人に転送したメールと、友人からの返信メールは残っているのに。え~、なんだったの~!?

結局、理由はわからないまま。私のスマホはどうなっているのだ!?

ところで、きょうもカラスが現れた。最初は1羽だったのに、すぐにもう1羽もやって来て、そばで羽を広げて、しばらくじ~っと日干ししていた。この前よりも2羽の距離が縮まっていて、ほっとする私。これからも仲良くね。

呉市が舞台のドラマ『この世界の片隅に』

2016年のアニメ映画が話題になった時に初めて知ったこの作品、見たいなあと思いつつ、そのままになっていたら、このたびドラマ化されて、TBSの『日曜劇場』で7月15日より放送が始まった。こうの史代さんの漫画が原作で、2011年にも日本テレビでドラマ化されていたらしい。

西日本豪雨の甚大な被害が連日、報じられる中でのドラマ開始。久しぶりに広島弁のドラマを見て、懐かしさに駆られた。江波、草津、呉、広…懐かしい地名の数々。しかしあろうことか、私は初回の最初を見逃してしまったので、その後、毎週録画に設定。これで安心して最後まで見られるはずだ。

水道のある広島からの高台の家に嫁いだ主人公は、毎朝、近くの井戸で水を汲んで運ぶことになり、慣れない作業に四苦八苦する場面があったのだが、今も断水が続く地区では、この暑さの中、さぞ大変だろうと考えてしまう。給水の水は、臭いがあって調理にはなかなか使えないらしい。市内でも、断水がまだまだ続きそうな地区が、いくつか残っているし、道路や鉄道の復旧は今年後半、あるいは来年まで、かなり時間がかかるらしい。そのため、今、通行できる道路はいつも渋滞していて、移動の時間が読めないのだとか。

被害が広範囲すぎて、テレビが報じた被災地はほんの一部。日に日に全国ニュースで報じられる時間も減っているので、遠くにいると様子がわからないのだが、私の生まれ故郷もけっこうな被害が出ているらしい。テレビでは一切報じられなかった気配だけれど。

ちなみに『この世界の片隅に』の作者、こうの史代さんは、広島市の出身で、年代も私とわりと近い。実は数日前から夢中になって読んでいる本の作者が、私と同世代の広島県出身の作家(男性)なのだが、偶然にも夫がいま読んでいる本の作者も広島県出身(の女性)で、男性作家と同い年であった。

なんだか、寝ても覚めても広島の日々。広島を引き寄せているのだろうか。(ちなみに、少し前に近所のスーパーで買ったおいた味付け海苔を開けたのだが、これも広島矢野の会社だった。)

そして、このタイミングでの『この世界の片隅に』のドラマ開始。通常の生活に戻るにはまだまだ時間がかかりそうな被災地でも、このドラマを見て励まされている人が多いのではないだろうか。

ジョーダン・ピーターソン教授の論争で知った新たな人称代名詞

今年のバレンタインデーにKindleで『12 Rules for Life: An Antidote to Chaos』という本を購入した。アメリカのベストセラーとして紹介されていて、面白そうだなと何気なく買ったのだが、同じ日に買った『Crushing It!』を先に読んでしまい、そのまま忘れて未読のまま。著者のジョーダン・ピーターソン氏がどういう人かも知らないままだった。

ところがその後、YouTubeピーターソン教授とBBCCathy Newmanという女性キャスターの議論(!?)の映像を見て、この著者が現在、英語圏で大きな論争を呼んでいる話題の人だと知った。カナダ、トロント大学の心理学の教授で、自分の講義をYouTubeで流したり、ネット上で質疑応答などをしているうちに特に若者の間で評判となり、今年1月に発売となった冒頭の著書が大ベストセラーとなっているらしい。
ミレニアル世代の白人男性、特にオルトライトオルタナ右翼)に強烈に(!?)支持されていることから、彼を危険視する人たちも多いようだ。

ピーターソン教授はそもそも「ポリティカル・コレクトネス」に異を唱えたことで有名になり、Cultural Marxism(文化的マルクス主義というのか?)を忌み嫌っているそうだ。Cultural Marxismは、伝統的な道徳観や家父長制、愛国心、人種・ジェンダー差別などが抑圧を作り出していると考えているらしい。それがゆえに現在では、アファーマティブ・アクションなどに代表される「アイデンティティ・ポリティクス」が行われているが、ピーターソン教授はこのアイデンティティ政治なるものが教育システムの中に入りこんでおり、これが全体主義に繋がりかねないと警鐘を鳴らしているのだ。

確かに90年代から特にアメリカでは「ポリティカル・コレクトネス」として、女性はMissやMrs.ではなくMS.と呼ぶとか、ChairmanはChairpersonと呼ぶとか、「使っていい言葉、いけない言葉」がいくつも出てきたが、最近ではジェンダー・アイデンティティによる新たな人称代名詞がいくつも生まれているらしい。主語の場合は、「Zie, sie, ey, ve, tey, e」など何種類も! しかも、それぞれに活用形もあるわけで…。カナダでは、こういった正しい人称代名詞を使うことが要求されているとかで、ピーターソン教授は「自分はこういった代名詞は使わない!」と断言して物議をかもしたようだ。ジェンダーは主観的なものではないし、これらの人称代名詞の使用を法律で強要することは、思想・言論の自由を封殺することになる–というのがピーターソン教授の意見らしい。

私には難しいことはよくわからないが(そもそも英語だし)、ピーターソン教授の動画にはなぜか引き込まれてしまう。どんな議論をふっかけられても、カッとすることなく冷静に淡々と切り返し、それでいて情熱も感じられる話し方だからなのだろうか。そもそも、彼の主張の大まかなところは共感できるからだろうか。私自身も「ポリティカル・コレクトネス」は行き過ぎだと昔から感じていたし、言葉狩りが行き過ぎて、Zie, sie, ey, ve, tey, e…なんて新語を作り出すなんて、滑稽にすら思えるのだ。

ピーターソン教授が言う「アイデンティティ政治が教育システムの中に入りこんでいる」という現象のひとつに、国の政策として人種差別やフェミニズムなどの教育や研究に多額の予算が組まれるということがあるらしい。そういえば、最近、日本の国会でも、反日的な研究をする大学教授などに文科省から多額の研究費が下りていることが指摘されたが、逆にその指摘が「学問の自由への攻撃だ」という反論が…。なんとも難しい問題。

日本の学校教育でも、伝統的な家庭のあり方を否定(軽視)したり、変なフェミニズムが浸透しているように思う。私が小学生の頃は、学級名簿は男女別々にアイウエオ順になっていたが、我が子の時代には男女の別なくアイウエオ順になっていた。昔は男子は「○○君」、女子は「○○さん」と呼ばれていたのが、どちらも「○○さん」となったり。個人的には男女別の方がわかりやすくて便利だと思うのだけど。特に昨今は男子か女子か判別しがたい名前も多いから…って、そういう問題じゃない!?

もちろん、いろんな意見があっていいのだが、90年代に「ポリティカル・コレクトネス」が盛り上がっていた頃から私自身が感じていたのは、「これが正論だ!」と言わんばかりにドヤ顔で主張する人たちの圧力の不快感。うまく反論できないけれど、どこか違和感が拭いきれない。あなたたちが言ってることは正しいかも知れないけれど、でもちょっと違うんじゃない!?というモヤモヤ感

ピーターソン教授は、このモヤモヤをクリアにして、しかも左翼の論客たちに堂々と反論してくれたからこそ、こんなに人気が出ているのかも知れない。(ピーターソン教授は自身を、英国古典的自由主義者?とみなしているらしい。)私自身は、かつて、中野剛志氏の議論をYouTubeで見た時と同じような高揚感を久々に覚えてしまった。

アイデンティティ・ポリティクスを信奉する英米のメディアや言論界からは、ピーターソン教授への反論や抗議、また教授を危険視する論調が多いようだが、それもいわば彼の人気&影響力の大きさの裏返しということだろう。反発が大きいほどさらに人気を呼ぶという悪循環、じゃなく好循環!?

カナダの大学では、ピーターソン教授の映像を授業で学生に見せた教師が懲戒処分を受けた際、上司がピーターソン教授のスピーチをヒトラーの演説となぞらえたことが問題となり、後にその上司は謝罪したのだとか。ピーターソン教授は、結果的にこれが本の宣伝になったと冷静に受け止めていたようだけど。日本では、左翼の人たちが安倍首相ヒトラーになぞらえることがあるけれど(そんなポスターも作っていたよね)、それはまったく問題にならないのは、どういうわけなのか?(逆に自分たちがヒトラーに例えられたら、怒るんじゃないかなぁ!?)

ピーターソン教授にせよ、安倍首相にせよ、ヒトラーに例えられるというのは、それだけ一部の人から恐れられているということなのだろう。それくらい手ごわい存在なのだ。しかも、安倍首相に関しては、政策批判ではなく単なる個人(人格)攻撃、悪口としか思えない批判が多すぎて驚いてしまう。日ごろ、人権擁護に熱心な政治家や大学教授など、知識人と思われる方々がそのような低レベルの批判しかできないとは…。しかも、その人の品性を疑うような下品な言葉の数々に、憐れみさえ感じてしまう。どうしたら、個人的な関係があるわけでもない人のことを、そこまで憎めるのだろう?と逆に不思議。そんなにマスコミや左翼知識人に恐れられるというだけで、大物の証拠なのだろう。

それよりも、私はKindleの『12 Rules for Life』を早く読まなければ!!!

↓なお、これがピーターソン教授とキャシー・ニューマンの議論。(視聴回数が1千万回を越えている!)

関連記事:「早寝、早起き、朝ごはん」は憲法違反by日教組

シンプルマインズとプリテンダーズ

ハリウッドの思い出で、なぜかシンプルマインズサンフランシスコの思い出で、なぜかアズテックカメラの曲が出てくるとは。どちらもグラスゴー出身のバンドではないか。これも私のスコットランド好きがなせる技か。

シンプルマインズジム・カーといえば、プリテンダーズクリッシー・ハインドと結婚していたのをご存知だろうか。まさに私がハリウッドを訪ねていた頃、ふたりは結婚して、娘さんが生まれていたらしい。(その頃、”Don’t You“がアメリカで1位になったのだとか。)クリッシーザ・キンクスレイ・デイヴィスと付き合って、すでに長女がいたのだけど、84年のオーストラリアツアーでシンプルマインズと出会って結婚するも、ジム・カーがツアーやレコーディングに出たきりで、離婚に至る。クリッシーはその後、コロンビア人のアーティストと結婚。ジムも女優のパッツィ・ケンジットと結婚して息子が生まれるけれど、両者ともその後、離婚。パッツィはその後、オアシスリアム・ギャラガーと結婚して次男が生まれ、その彼がいまモデルとして注目されているとか。いやはや、なんともややこしいセレブの世界。

実は昨年、プリテンダーズクリッシー・ハインドの自伝『Reckless』を読む機会があったのだが、ジム・カーのことは見事に一言も出てこなかった。レイ・デイヴィスの名前は出てくるし、娘たちが生まれたことにも言及してあったけど、シンプルマインズの字も、ジムの字も(音読すると変!!)出てこない。この本はそもそも若い頃の話が中心ということもあるけれど、読者が本当に聞きたいことには触れず、きれいごとを並べただけの自伝という印象で、正直がっかりした。しかも感動的なエピソードも、尊敬できる部分もあまりなくて、さらに残念。確かに根性がある強い人なんだろうけれど。彼女がロックの殿堂入りだなんて。そんなにすごい人だったのか~。

確かにゴシップ紙の記事を読むと、ジム・カーも当時25歳の若さでスターダムの絶頂時に娘が生まれ、家庭にうまくおさまることができなかったようだが、それでもクリッシーの自伝で一言も触れてもらえないなんて、ちょっと不憫な気が…。今では娘とも、うまく折り合っているようで何よりだけど。

さてジム・カーについては、さらに驚くことが! なんと、シチリア島の四ツ星ホテルのオーナーになっているのだ。シチリア島のタオルミーナが好きすぎて、ホテルを建ててしまったらしい。それがこちら→ Villa Angela 

さらにもうひとつ驚きのニュース。シンプルマインズは今も活動を続けているのだけど、この夏のツアーではプリテンダーズと共演するらしい。離婚してすでに30年が過ぎたクリッシージムが、ステージを共にする!? 66歳と58歳という年齢にも、いささかビックリだけど、何歳になっても夢を追い続ける人生を送らなきゃね。私もタオルミーナの景色、見に行きたい!

サンフランシスコの思い出

前回の続き。30年以上前の私の「アメリカ・カナダを回る大学卒業旅行」の最終地点は、サンフランシスコだった。途中、カナダの友人を訪ねた際に、サンフランシスコには友達がいるからと連絡をしてくれて、私は彼女の友人宅に泊まることになった。

その友人はショートカットでおしゃれな女性で、聞くと音楽事務所に勤めているという。昔はロサンジェルスに暮らすロック少女で、同じレコード店のバイト仲間がその後、モトリー・クルーのメンバーとして成功していたんだと。で、昼間は彼女の勤務先に連れて行ってもらった。そこはサンタナジャーニーの事務所で、彼らのゴールドディスクなどが飾ってあった。彼女のボスのそばには犬がいて(ゴールデンレトリバーだったか?)、アメリカのオフィスはペット同伴できるんだなぁと感心した記憶がある。

夜は彼女のお気に入りのクラブに連れて行ってもらった。なんでも、とても気になる男性がいて、そのクラブのバーテンダーとして働いているのだという。そのおしゃれなクラブは、ちょっとロンドンっぽい雰囲気で、最新のヒット曲が流れていて、彼女によると曜日によって「ゲイの日」があるとのこと。その日は「普通の日」だったけど、サンフランシスコだけあって、ゲイっぽい人たちもちらほら。彼女は私に自分の気になる男性の感想を聞かせてほしいと言う。で、恥ずかしそうに私の背後から、「ほら、あのカウンターの奥にいる人よ」と耳元で教えてくれるのだが、その様子を見て、そばにいた見知らぬ人が私たちに声をかけた。

“Are you in love?”

うっひょ~、私たち、レズビアンのカップルと間違えられたのだ。彼女も、意中の男性がもしかしたらゲイかも知れないと思い、私に感想を求めていたのだけど…さすがサンフランシスコだなぁと妙に感心した。

さて、私のアメリカでの最後の夜、彼女のボスが素敵なシーフードレストランに招待してくれた。彼女と私と彼女のボスとその奥様(?)の4人だったように思う。眺めのいいレストランで夜景を楽しみながら、シーフードを堪能して、私は翌朝、日本行きの飛行機に乗った。(彼女のボスが車で空港まで送ってくれたと思う。)

帰国後、「ああ、楽しい旅だった!」と余韻に浸っていたら、カナダの友人から手紙が来た。(そう、まだインターネットなんてものはなかったのだ。)「サンフランシスコの友達が、厚子のことを心配しているわよ」と。なんでも、彼女もボスも、あの日のシーフードにあたって、翌日は大変なことになったらしい。「厚子は飛行機の上で、お腹を壊して悲惨な思いをしたんじゃないか」と彼女もボスも気の毒がっていたのだとか。

実はその話を聞いてビックリしたのは、私の方。だって、私のお腹はなんともなかったのだから。「美味しかったな~、楽しかったな~」と余韻に浸っていたので、まさかそんなことになっていたとはビックリだった。

それ以来、一度もアメリカには行っていない私。サンフランシスコは、もう一度、行ってみたい!!

*サンフランシスコで通りかかったクラブで前日アズテックカメラのライヴがあったことを知り、「見たかったな~」と思ったことをいまだに思い出す。その後、日本でライヴも見たし、ロディ・フレイムにもインタビューしたけど、今はどうしているのかな。