息子は午前は同級生と一緒に合唱の練習に行き、午後は同級生がうちに英語レッスンに来たので、ほぼ一日中、一緒に遊ぶことができて満足したようだ。
私は私で慌しかったが、夕方は整体をしてもらって、疲れがほぐれた。ああ極楽。
今週は偶然なのか、NHKの『プロフェッショナル』でも『関西特集』でも、森林再生に取り組む人々が紹介されていた。
ここも林業以外にほぼ産業のない山間部だが、あまりの過疎化で林業従事者の数も少なく、どうやってここの山林を維持しているのだろうかと、素人ながら心配になる。
番組を見て、問題の深刻さ、大変さがよくわかった。わかったからといって、私に何ができるわけでもないのだが。山があって川が流れて、私たちの生活が成り立っている。その大前提をいまの私たちは普段の生活の中であまりに自覚していないような気がする。便利すぎて。
高校生の時に広島に留学したアメリカ人の友人が、「当時、広島の街を歩いて悲しかったのは、大きな木がなかったこと。どの木もとっても細かった」と言っていた。
彼女が留学していたのは、原爆投下から約30年後のこと。
大切なものは、時間をかけなければ、取り戻せないのだろうなぁ。