天使(2)パリ編

DSC02362 きょうはバレンタインデーだが、夫は職場の会議を兼ねた会食で遅くなるので、息子が塾から帰ったらふたりで夕飯をとる。夫の帰宅後に、チョコケーキを披露する予定だ。

外は晴れていたのに、いつのまにか雪景色。天使でも舞い降りてきそうな気配だ。というわけで、天使話の第二弾。今度はパリ留学時の出来事。

留学の最後に、私はインターンシップとしてフランス企業に半年近く勤めた。早く帰国したい気持ちを抑えて、しぶしぶ会社に向かった初日、私はそこで自分が心に思い描いていた“理想の男性”(あくまで見た目が)と出会ってしまった。「一日も早く終わってほしい」という気持ちが一転、「一日でも長く続いてほしい」と願いながら、インターンシップはあっという間に終わりとなり、私も彼も外国人スタッフとして同じチームで仕事をする中で、親交を深め、友情を築いたものの、なんというか、まるで映画『日の名残り』のような結末を迎えてしまった。

その頃、東京から女友達が遊びに来たので、当時ロンドン在住の別の女友達も合流して、3人でパリの休日を過ごした。実はロンドンの友人がパリを発つのと同じ日に、彼もパリを離れ帰国することになっていた。そこで私は友人の見送りを口実に、彼のお見送りもしたいと思っていた。女友達2人には言わなかったけど。

ところが友人のフライトの方が少し遅い時間だったため、私の努力(?)も空しく、私たち3人が着いたとき、空港に彼の姿はなかった。私は間に合わなかったのだ。最後のお別れができなかったことが、内心ショックでたまらなかったけど、私はなんとか平静に友人を見送って、もうひとりの友人とパリの街に戻る電車に乗った。

本当は悲しくて悲しくて仕方なかったのだけど、友人はそんなこと知る由もない。彼女のせっかくのパリでの休暇を、私の失恋話でしめっぽくするのは申し訳ない。そう思った私は、自分の悲しさを紛らすためもあってか、車中のお喋りが普段よりさらにパワーアップしていた。

ふと気がつくと、四人座りの席で私の斜め前に座っている金髪の男性が、ちらちらと私を見ている。日本語の響きが珍しいのだろうかと思っていたが、あまりに私のことを凝視するので、気になり始めた。私もその人を見ると、その人は恥ずかしそうに目を伏せる。けれど、気がつくと、また私を見ている。

隣に座っていた友人も気づいていて、「前の人、○○ちゃんのこと見てるよ」と教えてくれた。「まさか、日本語はわからないよね? 私たちの話してることを、わかってないよね?」と話しながら、その男性の様子を見るのだが、相変わらず私を見ている。

「まさか…本当に日本語がわかってたりして…」と不安になり、思い切って下手なフランス語で質問した。「日本語、わかりますか?」 その男性は”Non”と答えたあと、こう言った。
“Vous etes tres jolie.” (あなたはとてもきれいです。)
そして、またすぐにうつむいたのだ。

あまのじゃくの私も、そのときは素直に”Merci”と言えた。私が必死で悲しいのをこらえていたのを知っていて、そう言ってくれたような気がして、心からありがとうと思えたのだ。

その後、その男性は車内の放送がよく理解できなかった私たちに、「ここで乗り換えですよ」と教えてくれて、次の電車を待つ間、他愛もない雑談をして、私たちが正しい電車に乗るのを見届けて、去って行った。「パリはきれいな街ですね」という私に、「そう、あなたのように」と言い残して。

この人も、きっと天使だったに違いない…と私は勝手に思い込んでいる。前回とは対照的に、あまりに気弱でシャイだったけど。

*雪がだんだん積もっていく…。
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天使(1)広島編

きょう夫は福岡出張、子供は放課後、友達の家に遊びに行く予定。おかげで、私は午前中、整体師さんに身体をほぐしてもらって、あとはのんびり休憩できる。(ホントは仕事もあるのだけど。)

このところ私は奇跡を起こすべく(?)、自分の潜在意識に願いを植え付けようとしている。(そういう本を読んで、試しにやっているのだ。)それには、リラックスした状態が一番!

それできょうはイメージトレーニングよろしく、過去に起きた奇跡(?)を思い出している。つーか、しょーもないことを勝手に自分で奇跡認定しているだけなんだけど。

まず「エピソード1」は、20代独身時代の話。一見華やかな丸の内のOLだったが、実態は彼氏もおらず、わびしい日々。久々に広島に帰省した際、同級生2名と会い、デパートの喫茶店で愚痴ってしまった。「仕事も頑張って、こんなに真面目に生活しとるのに、もうずっとなんの出会いもないし、デートに誘ってくれる人もおらんのよ~。ひとりくらい、そんな人がおってもええと思わん?」と。さんざん喋り倒して、すっきりして、3人でデパートの正面玄関を出ようとしていたら、人ごみをかきわけて、長身の男性が私めがけてまっしぐらにやって来た。そして「突然こんなことを言うと、おかしいと思われるかも知れませんが、僕と付き合って下さい」と言ったのだ。

私は思わず、「話、聞いてました?」と爆笑。その男性は今、外からデパートに入って来たのだから、喫茶店で私たちの話を聞いていたはずはないのだ。好みのタイプでもなかったし、笑いながら「けっこうです」と答えると、なおも「ふざけてると思うかも知れませんが、本気なんです。電話番号を書きますから…」と話しかけるその人を、「広島に住んでないので~」と振り切って立ち去った。

「それにしても、すごいタイミングじゃねぇ。私らの話を聞いとったとしか、思えんような…」と話していたら、友人のひとりが、「さっきの人は天使かも知れんよ。あんたを励まそうと、神様か仏様が遣わしちゃったんかも知れん」と言うので、私もそんな気がしてきて、デパートの方角に向かって手を合わせ、心の中でお礼の言葉を唱えておいた。
天使って案外いかついんじゃね…と思いながら。

「エピソード2」は、また次の機会に。

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思いは通じる

夢をかなえる方法は、たったひとつ。諦めないこと。ただ、それだけ。ただし、その夢に邪念が入り込む余地がないほど、強く願い、そのための努力も惜しまない。しかも、「やるだけやったから、もうこれでダメなら仕方ない!」という境地に達したところで、夢がかなう。これが私が見出した法則(?)だ。

受験も就職も留学も結婚も、それから家探しも、だいたいこのパターンだったように思う。だから、後悔などあるわけがない。もちろん、小さい失敗は山のようにあるのだけど。

夢というほど大げさなことではないけれど、直近では、きょうから始まった息子の塾もそう。去年の春から塾探しを始めたが、最初に行って「いいな」と思った塾は通うには遠く、その塾の別の教室も訪ねたが、そこも思ったより遠かった。最寄の町の塾に行ってみたが、子供が気に入らず、少し遠くの町の塾を見学し、ここなら通えそうと入学手続きを始めた。ところが、あとは入金するだけというときに、最初に行った塾が新しく京都駅に教室を開くことが判明。実は最初から、「あの塾の京都駅教室があったら、いいのにねぇ。京都駅なら通えるのにねぇ」と言っていたのが、その通りになったのだ。

初日のきょうは、暗くなってからひとりで京都駅で電車に乗るのが不安だという息子のため、私は近くのカフェで待機することに。夫はきょうも残業なので、ついでに息子とご飯を食べて帰ろうという魂胆だ。

夕方のカフェで読書タイムを満喫しながら、「ちょっとこの本のことを知らせなきゃ」と、あるお友達にふとメールを打ったら、「まあ、思いが通じてのたかしら!?」と思う返事がきた。

気がつけば、私の湿疹(?)もすっかり消えている。自分でも殆ど忘れていたのが、よかったのか!? いつも、いい思いだけを胸に秘め、いいことだけを意識していたら、常にハッピーでいられるのだろうな。

塾の初授業を終えた息子は、私を見るなり、「疲れた~。でも面白かった~」と、楽しそうに授業の報告をしてくれた。その充実感あふれる笑顔を見て、私も嬉しくなった。

*京都駅ビルに映る京都タワー。
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明日は結婚記念日

夫はきょうも仕事が忙しそうだ。職場関係の節分行事がローカルニュースで放送されるというので、私はテレビの録画係。

息子は明日が校外学習、そして塾の初日である。新5年生から授業は1日2コマなので、お弁当持参となるのだが、初日の明日だけは例外的に1コマ授業。ただし、校外学習用のお弁当を作らねばならない。

でもって明日は私たちの結婚記念日なのだ。こんなことを、こんなところで言っていいのかわからないが、私は夫と出会えたことに日々、感謝している。結婚するまでも、ずっと自分は幸せだと思っていたけど、夫と出会ってからの人生と比べると雲泥の差だ。「結婚しなけりゃよかったかも…」なんて考えがよぎったことは、一瞬たりともない! だって今も毎晩、「ああ、この人と出会えて本当によかった!」と思いながら眠りにつくのだから。

もう何年も前に、ある知人から「人生で後悔していることはあるか?」と聞かれ、「反省はあるけど、後悔はない!」と言い切ったら、びっくりされたことがある。彼女は出会う人に、この質問をする習慣があり、「後悔はない」と答えたのは私で2人目だったのだと。

さてさて、夫に「あなたと出会えて本当に幸せだと、毎日、思っている」と伝えたら、「あなたの行動を見ていると、とてもそうは思えない」と苦笑された。思いと態度が、裏腹だったかしら? ああ、また反省。

*節分のお土産
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亡き母の夢

やはり、かなり疲れがたまっている。説明会のテープ起こしをしているが、体がしんどい。じんましんも、広がるばかりだ。(足から腕、腹部、胸部まで…)

実は今朝方も夢を見た。昨日と違って、きょうは目が覚める直前の場面がはっきりと記憶に残っている。なんと、母が出てきたのだ。去年の夏に母が亡くなってから、夢に出たのは初めてのこと。(私の意識に残っている限りでは。)しかも、その内容も気持ちいいものではなかったのだ。

亡くなった母が聖母マリアのようになっていると従姉に教えられ、地下の祭壇に行ってみると、遺体となって横たわっていた母が動き出して、私の名前を呼ぶのだ。しかも、滅多に声を荒げることがなかった優しい母が、緊急事態でも起きたかのように、私の名前を叫ぶのだ。

私の潜在意識はいったい何を訴えているのだろうか…!? 最近、夢を記憶していることがなかったので、久々に考えてしまった。

ひとつだけ言えるのは、めちゃくちゃ疲れているということ。体が悲鳴をあげているのは、間違いない。

だから、きょうは早く寝ようと思っていたのに、サッカー、アジアカップの韓国戦を見ずには寝られまい。せめて、日本代表が君が代を斉唱している姿だけでもリアルタイムで見なくては。

*今朝も雪。
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幟町教会(世界平和記念聖堂)

冬休み中に会おうと話していた同級生と、きょうやっと会えることになり、息子の塾近くのレストランで早めのランチの約束をした。その時間まで、いつものデパート&本屋には行かず、朝の広島の街を散歩してみた。

実は時間をみつけて行こうと思っていた場所があったのだ。それは幟町教会(世界平和大聖堂)。たまたま聖堂の裏側から敷地に入ってしまい、脇の戸口まで行ったら外国人の神父さんが出てこられ、中に入っていいですよと声をかけてもらった。

朝のせいか、寒さのせいか、広い聖堂には誰もおらず、ただひとり、聖堂の最前列に座った。その荘厳さに心打たれて、感動のあまり涙が出た。神様が、一対一で私と向き合って下さっているのだ。それはつまり、自分自身と向き合うことでもある。

幟町教会の中に入ったのは、約30年ぶりだろうか。あのときは、パイプオルガンの演奏を聴きに来たのだっけ? カトリックの学校に10年も通いながら、仏教徒と称して、カトリックの勉強もきちんとしたことはない私だが、カトリックの教会は大好きだ。パリに暮らした頃も、通りすがりの教会でしばし休憩する静寂の時間が好きだった。お気に入りは、サンジェルマンデプレ教会と、サンシュルピス教会。祈りの場所というのは、誰にとっても神秘的で心安らぐものだ。

きょうの私も、久しぶりに教会で祈りの時間を持てたことで、心の洗濯ができた気がした。その後、久しぶりに会った同級生からもいいエネルギーをもらって、本当にすがすがしい一日だった。

*幟町教会
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*キリスト生誕の場面(人形がリアル!)
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虹日和

DSC02068 私がひとりで京都に引っ越してきたときからの友人に、久しぶりに会いに行った。彼女は先月、14年連れ添った愛犬を看取ったばかり。殆どいつも連れ立って行動していたふたり(!?)だけに、彼女の生活にぽっかり穴が開いているのではと案じていた。私も彼女のアトリエに行くたびに、彼女の愛犬をひざに乗せて、延々とお喋りを楽しんだものだ。昨晩も息子に「オモチ(犬の名前)はお前より年上なんだぞ。お前が生まれる前は、お母さんはオモチを抱っこしてたんだから」と話したところ。そう、息子が生まれるまでは、私はしょっちゅうオモチをひざに乗せていたのだ。

そんな懐かしい話をカフェでランチをしながら延々と喋っていたら、彼女の携帯にメールが入った。なんと、私がさっき話に出した共通の友人から。それも一年ぶりくらいのメールなのだと。「噂をすれば何とやらだね」と言いながら驚くふたり。彼女と会うと、不思議な偶然がよく起こる気がするのだが、彼女は彼女で私と会うと不思議なことが起こると言う。

長いお喋りを終えてカフェを出ると、空には大きな虹! これも彼女のマジックか!??

実は彼女の愛犬は、彼女がパートナーと新生活を始めたのを見届けて安心したかのように旅立っていった。帰り際に私も初めてふたりの新居を訪ね、すでに会ったことのある彼女のパートナーに挨拶した。「またゆっくり遊びに来るね」と、その家をあとにしながら、私は思わず彼女に告げた。失礼かもと思いながら、「○○さん(パートナーの名前)、オモチに似てるね」と。すると彼女も、「そうでしょう~!?」と即答。オモチも、彼には他の誰にも見せなかったほど、なついていたという。う~む、やはり愛犬はすべてお見通しだったのか。

私はとっても幸せな気分で、大きな虹を見ながら、帰路についた。

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*きょうもまたカレー食べちゃった。@京都・北山
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山口敏太郎の世界

きょうの午後から久々に山の家に戻った。(夫は今朝もお仕事、ご苦労様です!)山の紅葉は終わりに近づき、空気も街に比べてかなり冷たい。夫はさっそく薪ストーブを焚いてくれた。

夕方、夫が近所の子供さんたちと勉強会をしている間に、私は山の家のテレビで録りためていた番組にひとり見入ってしまった。中でも面白かったのが山口敏太郎のお話。実は夏に放送された番組だったのだが、話にどんどん引き込まれ、なんでもっと早く見なかったのだ、もっと聞いていたいと思ってしまった。(なんでもトークショウで8時間喋ったことがあるらしい)。

夕飯後は近所の美容室に行って、今度は私のひとりトークショウ(!?)。今では美容師さんも私も、普段は街に暮らし、ときたま山に帰って来るという生活だ。こうやって少しずつ実質人口が減っていく…。

だけど、たまに帰るといいところなのだ。今夜は薪ストーブで暖まった古い家で、昔のように息子をあんか代わりに眠るとしよう。

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ダライラマ@東大寺

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昨日が休日出勤で、きょうが代休の夫と、おでかけした。息子を送り出した直後にふたりで駅に向かい、奈良・東大寺へ。ダライラマ法王の講演会のためだ。

講演といっても途中からは質疑応答形式で(ただし、主催者より事前に政治的な質問はしないようにとの注意があった)、ざっくばらんにお話をして下さったのだが、法王が繰り返しおっしゃったのは「自分で勉強しなさい」ということ。「意味もわからずお経を唱えるなら、歌を唄う方がまし」と、仏教の経典や解説書を自分で読んで学ぶことの大切さを訴えられた。また、瞑想を実践し、その効用を科学的視点で検証するといった21世紀的なアプローチを提言されたり、「仏像やお堂を建てるくらいなら、学ぶ場所を作って欲しい」とも。

「誰かに救ってもらおう」とか、「誰かに教えてもらおう」とか、「深く考えずに、いいと言われるものをやっておこう」とか、そんな他力本願な考えでは本当には生きていけないのだ…とガツンと言われた気がした。自らが求め、努力し、苦しんで学ぶことで、初めて本当に「生きる」ことになるのだろう。

帰宅後、国会中継をつけたら、怒りを通り越して脱力。その後、TVタックルを見たら、自民党政権がいかにまもとだったかがよ~くわかった。(そのときは、そこまでわかってなかったけど)。たけしも言ってた。「あの時はみんな、麻生さんがブレてるブレてると非難したけど、今の政府と比べたら、麻生さんに謝らないといけないな。あなたは微動だにしませんでしたって」。

私を含め、甘っちょろい考えの日本人は、ダライラマの言葉を肝に銘じなければと思う。こんな政権を選んだのも、誰のせいでもない、日本人の責任なんだから。

*奈良の鹿のずうずうしさにはびっくり。タクシーに乗るんですか?
 人通りの多い土産物屋の前で交尾する鹿もいたぞ~!!!
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雨のお通夜

私たちが住んでいた山の中で寺守をしていたおじいさんが、お亡くなりになった。平安時代創建のお寺を、その当時からずっと、このおじいさんの一族が代々守ってきた。お寺は現在、重要文化財で修復工事中。おじいさんのお宅も文化財に指定されている。この集落では、誰もが知っているお家なのだ。

夫はここに越して来る前から、おじいさんにはいろいろお世話になっていた。息子も、地元の保育園の行事やお散歩で何度もこのお寺を訪ねては、お世話になった。私も地元の行事で、おばあさんやお嫁さんのお世話になっている。

夕方、山の集落までお通夜に出かけ、地元の方々と顔を合わせた。昼間は大雨だったというが、お通夜が始まる頃には雨も上がった。このお寺で修行をした僧侶が大勢集まって、最初の法要が営まれた。後で聞くと、何人ものお坊さんが涙を流していたそうだ。それだけみんなお世話になったということなのだろう。

またひとり、山の集落を支える人がいなくなり、厳しい寒さがやってきた。なんとも寂しい。

*息子の通学路から湖を眺める。
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*雲をかぶった山の向こう側に集落がある。
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