私を忘れた父。

朝、家を出て、昼過ぎに母の病院に到着。
母に頼まれた買い物などして、夕方は従姉と一緒
に父の施設へ。

ちょうど夕食中だったので、私も一緒にテーブル
についたが、父は私が誰だかわかっていない。そ
れでも、いろいろ会話していると、同じテーブル
で食事をされている二人のおばあさんも会話に入
ってこられた。

「おじいさんと話しよると、面白いんよ。とんち
んかんなことを言うてじゃけ。年をとったら、誰
でもこうなるんよ。じゃけど、人の悪口じゃない
けぇね、面白いんよ。」

83歳と86歳のおばあさんが、そう言って笑ってく
ださる。ふたりとも頭がしっかりして、お話も楽
しいが、こうしてみると、まもなく96歳の父は見
た目も年のわりには若いのだなぁと思う。

「私は三人の息子を育てたんじゃけど、長男が去
年63歳で肺がんで死んだんよ。私が変わってやり
たかったが、そうもいかんのよねぇ」と、おばあ
さんは身の上話を聞かせてくれた。

先週末、友人と会ったときに、「子どもにとって、
親を見送るということは、年の順に自然の流れで
生きてこれたという意味でも、ありがたいお役目
だねぇ」と話したことをしみじみと思い出した。

「ここまで長生きしてくれて、ありがとう」と、
心の中で父に感謝した。

*きょうは比叡山坂本駅から電車に乗った。
28jun09

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