イングランドの思い出(2)

私がイギリスに出発する際、父からホストファミリーのお母さんに渡すようにと手紙を託されていた。家に到着してすぐに、その手紙を渡すと、お母さんから「日本語なので、英語に訳してほしい」と頼まれた。「いったい父は何を書いたのだろう?」と読んでみると、「娘がお世話になります。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」といった内容。とりあえずわからない言葉を和英辞典で引いて、そのまま伝えていたら、お母さんが不安そうな顔をして、こう訊いた。「あなたは家で親に迷惑をかけているの?」 私もビックリして、これは本当にそういう意味ではなく、日本では挨拶として、こういう言い方をする習慣があるのだと説明したら、お母さんも安心してくれた。

それから、この家での生活ルールのようなものを説明され、「お風呂は週何日入りたい?」と訊かれたので、「え? 毎日入らないの?」と驚きながらも、イギリスでは何日が妥当なのかわからず、とりあえず「何日でも構いません」と曖昧に答えた。その後、子供たちにこっそり「お風呂は週に何日入るの?」と質問したら「一日」と言うので、ビックリしながらも、それに合わせた。(浴室はバスタブだけで、シャワーがなかったからだろうか。この年は急遽、コートを買い求めるほどの冷夏だったので、週一のお風呂でも結果的に支障はなかった。)

私だけでなく、グループのほかのメンバーも、みんな声高に主張することなく、控えめにイギリスの習慣に黙々と従って、やっぱり日本人だなぁと思わされた。ホストファミリーに言われて洗濯物を出すたびに、「これはまだ汚れてない」とハンカチを突っ返されると嘆いている人もいた。ハンカチは手を拭くものではなく、鼻をかむものだからだ。

私はあまり食べ物の好き嫌いはない。正直、初めてのイギリス滞在で美味しい食事には殆どありつけなかったけど、イギリスのサンドイッチやかりかりのトーストはかなり気に入っていた。ただし、日によっては、トーストの上にベイクドビーンズがたっぷりかかっていて、これが苦手でどうしても完食できなかった。トーストとビーンズが別々のお皿に入っていれば、まだ完食できたかも知れない。せっかくのトーストのカリカリが、ビーンズによってどろどろになり、その触感がたまらなく嫌だったのだ。それからビーンズの匂いも。(チリビーンズは大好きなんだけどね。) 残しては悪いと思い、誰にも見られないように犬に食べさせたこともある。(今思うとひどいことしたかな? 犬は喜んで食べていたけど。さすがイギリスの犬だ。)

日々のちょっとした出来事で、価値観の違いに気づいて驚くことは多々あった。英語の授業で「天皇とはどういう人か?」と質問され、語彙の少ない私は思いつく言葉を使い、「国民がrespectする人である」と答えたら、「respectとは、その人のポジションに拠るものではない」と先生に注意された。確かにそうだけど、今だったら、「日々、日本国民のために祈りを捧げてくださっている天皇陛下を、私は一国民としてrespectしています」と答えるだろうか。

それから、日本人グループでロンドンに行き、パブで昼食を食べたときのこと。お店がとっても忙しそうだったので、カウンター席の私たちが食べ終わったお皿を片付けていたら、ウェイトレスがきっとした顔をして「やめてちょうだい。それは私の仕事なんだから」と言いに来た。私たちの行為は親切ではなく、業務侵害だったのだ。

いろいろあっても、イギリスは私にとっては別世界で(延々と緑が続く田園風景に心癒された!)、居心地がよくて、3週間では満足できず、帰りの飛行機が離陸したときには思わず涙が溢れたほど。感受性豊かな時期だったからこその、感動だったかも知れない。私が両親を説得するために、「いま15歳のこの夏に一ヶ月、英語の生活を体験することは必ず私の人生に大きな影響をもたらす」と言った言葉は、まんざら嘘ではなかったのだ。あ、でも英語は今でもあんまり上手じゃないけどね。

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